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Quattro stagioni
第6章 スタンダールの幸福 Ⅰ
都筑がある日突然作ってきた弁当のことが脳裏に浮かぶ。大きな容器に誇らしげに並んでいた色鮮やかなあれは紛れもなく卵焼きだった。都筑の作ったもので料理と呼べそうなものは後にも先にもあの一度きりだ。
あの時、都筑はなにを思って弁当など作ったのだろう。俺の言葉をきっかけに動いたのだろうか。
「……くそ」
「え、なに?」
「いや、なんでもない」
「恐いな。ほら、眉間、酷いよその皺」
「うるせー」
どうして今日に限ってこんなにあれこれ思い出すのだ。忘れろ。どう足掻いたって、もう手遅れなのだ。そうだとしたら、どこからやり直せばいい?いつ、都筑に自分の気持ちを伝えていれば、それが届いた?
「ねえ、浩志」
「……なんだよ」
「こんなこと言ったらさ、またずるい女とか、ひでー女とかって思うかもしんないけどさ、私の今はやっぱり浩志も居るから成り立ってると思うんだよね。だからさ…、」
何故、いま、それを言う。お前は俺の気持ちが読めるのか。ああ、そうだった。こいつはいつだって不思議なくらい俺がなにを思っているのか分かってくれていた。俺だって、そうだった。俺だって都筑の考えることは手に取るように分かったのに。
今は、分からない。急速に都筑を遠く感じた。いつだって、手を伸ばせば触れることの出来る距離に居たというのに。
「だから、その、俺は部外者みたいな顔されるとちょっと寂しいよ」
「……そんな顔、してたか?」
「ちょいちょい」
「……わり、」
「いや、えっと…まあ、ほら、私が悪いっていうかなんていうか、」
「ほんとだよ。ほんと、お前は酷い女だ」
「申し訳ない」
「でも、俺は、」
今でも、お前が好きだよ。言いかけた言葉は口の中で必死に噛み砕いた。