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Quattro stagioni
第6章 スタンダールの幸福 Ⅰ

浮かんでは消える、様々な都筑の表情。あいつが俺とふたりで居る時だけは柔らかく笑うようになったのはいったいいつからだっただろう。

その顔を見ながら、何度、好きだと言いそうになったことか。何度、それを飲み込んできたか。

恋愛なんか自分には必要ないことだとあいつが言うから、俺には、そうか、と言ってやることしか出来なかった。

「……俺の、なにがいけなかったんすかね」
「え?お前の思考回路そっちいくわけ?」
「いや、なんつーか、俺のなにが藤に劣ってたのかな、と」
「お前さ、それは違うって。別にお前は藤に劣ってたとかじゃないし、お前のなにかが悪かったとかじゃないだろ」
「……そういうもんすか」
「そうだよ。ただ…まあ、俺はさ、詳しくは知らねえけど…お前と藤に違いがあるとすれば、恐れたか恐れなかったかの違いなんじゃねえの?」

すっかり空になったジョッキのふちを指でなぞる。恐れたか、恐れなかったか。ああ、そうだ、俺は、恐れた。気づいたら出来上がっていたあの心地よい関係を自分の一言で崩してしまうことを恐れたのだ。

踏み出すのを恐れていたくせに、俺のことを友達だと言う都筑に、そんな風に思ったことは一度もないと言った。藤の影を強く感じたからだ。ゆっくりと、年月をかけて溶かしていった都筑の心を、気持ちを、力尽くでかっさらっていこうとする藤が憎いと同時に羨ましくて仕方がなかった。

俺が、もう少し若かったら。そう、あと数年早く都筑に出会って居れば。あそこまで恐れることなく、ただ自分の思うままあいつにぶつかることが出来たかもしれない。

「嫌だねー、大人になっちまうのも。格好つけちゃうんだよな。昔はさ、早く大人になりてえって思ったけど、大人ってある意味窮屈だよな」

俺の胸の内を察したかのような台詞を吐くと、一杯だけの宣言通りさらりと店員に会計を求める。村澤さんも森アカネを前にすると格好つけたりするらしい。俺にとっては一期上の自由な発言をする先輩で、いつも上手く肩の力を抜いているように見える人だ。
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