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Quattro stagioni
第6章 スタンダールの幸福 Ⅰ
会計を済ませて、店を出る。最寄駅での別れ際、村澤さんはにかっと笑って俺の背中を叩いた。
「…痛いですって」
「もっとさ、飲みいこーぜ。都筑が入ってくる前は俺ら結構飲んでたろ。ああでもない、こうでもないって色々話してさ。あの頃のお前、今よりもっと輝いてたぞ」
「……まあ、あの頃は若かったっすからね」
「いや、まだいける。お前、まだ輝けるよ。だからさ、溜めこむの辞めろって。お前、本音言えてた都筑にもなにも言えなくなって、でも、他の奴にも言えなくて、それでこの先どうすんだよ」
もっと先輩頼れよ、ともう一度俺の背を叩いて、俺とは反対のホームへと続く階段へ向かっていく後姿は普段より格好よく見えた。
小さく呟いた謝辞はきっと村澤さんには届いていない筈なのに、階段を下りる間際、彼は俺に背中を向けたままそっと手を振った。あれは、格好をつけたのだろう。
自分が入社したばかりの頃のことをふと思い出す。そう言えば、あの頃、村澤さんはやっと入ってきた自分の後輩だと、俺のことを随分可愛がってくれたのだった。
なんだか、今日はよく眠れそうな気がする。自分が思っているよりも、胸の内に色々と抱え込み過ぎていたのだろう。
まだ、綺麗な思い出にも、過去にも出来そうにない。都筑のことを好き『だった』とは言えないのだ。今でも、あいつが好きだ。
だが、やっと気持ちの整理をする準備が出来たのかもしれない。
いつか、言ってやる。おい、くそ女、お前のこと、好きだったよ、と。