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Quattro stagioni
第2章 今宵は、新しいシーツの上で
あの時は、こうやって使うようになるなんて思わなかった。新しい鍵に取りつけたキーホルダーを手の中で弄びながらふと笑う。宇宙飛行士のマスコット。意味もなく胸のボタンを押すと顔の部分がほんのりと光る。太陽の下だからかその光はかなり弱く見えた。
長年使っていたブランド物の革製のキーケースよりも、たかだか数百円のキーホルダーの方がうんと特別な物のように思えるのは藤くんとお揃いだからだろうか。
左手に持ったコンビニの袋をふんふんとご機嫌に揺らしながらマンションのエントランスのオートロックを開錠。エレベーターに乗り込んで3階のボタンを押した。302号室。奇しくも藤くんのアパートと同じ部屋番号だ。
「ただいまーあったよ、刻み海苔」
「おかえり。じゃ、手洗ってから適当にかけて」
「ほいほい」
リビングダイニングは段ボール箱で溢れ返っている。その合間からひょこりと顔を出したチカはダイニングテーブルの上を顎で差してキッチンの奥へと消えていく。そこにはきちんと皿に盛りつけられた蕎麦が乗っかっている。
最寄駅からは徒歩15分。前のマンションに比べると少し距離があるが、坂がある訳でもなく割と歩きやすい道だ。徒歩3分程度の場所には私がヘビーユーズするコンビニもある。
午前中に搬入された荷物の殆どは手付かずだったが、手伝いにやってきてくれたチカはとりあえず蕎麦を先に食べようとキッチン用品と食器の箱だけは片付けてくれた。
洗面所で手を洗ってダイニングに戻り、チカの指示でコンビニに行って調達してきた刻み海苔を蕎麦にかけていく。
「旦那はどうしたの、旦那は」
「…いや、まだ旦那じゃないから。お父さんがどうとかって電話あってチカが来る前に飛んでった。今日は実家に泊まるんじゃないかな」
お手製のめんつゆと蕎麦ちょこ代わりのお椀を手にダイニングにやってきたチカがにやにやと笑いながら言う。もう、と息をついて椅子に腰を下ろす。