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Quattro stagioni
第7章 スタンダールの幸福 Ⅱ
なんとなく所在がなくなる。中原さんがこの場に居れば昼休憩のときのようにわたしを気にかけてくれたかなと思うと姿がないことが何故だか不安になった。
いまの内にお手洗いにでも行っておこう。黙って席を立ち、個室を抜け出す。出入り口から右方向に進んだ突き当りにお手洗いがあった。そのドアの脇には煙草のマークのついたドアがある。微かに煙草の匂いが漂ってくるからそこが店の喫煙スペースなのだろう。近頃は席では禁煙で、別の場所に喫煙スペースを設けている店が増えてきている気がする。
「なんでそうなるんだよ!」
用を足し、お手洗いから出ると喫煙スペースのドアの向こうから大声が聞こえてくる。中原さんの声に似ている。でも、わたしは彼がこんな大声を出したところはみたことがなかった。
「……ら………て、」
途切れ途切れに女性の声も聞こえる。都筑さん?ふたりが言い争っているというよりも、中原さんが一方的に怒っているようだった。
夕方、会社でも微妙な空気を纏っていたふたりだ。でも、どうして急にこんなところで喧嘩になってしまったのだろう。
むくむくと成長する好奇心、いや、野次馬根性だ。これは良くない。ふるふるとかぶりを振って個室へ戻ろうとすると部長の羽交い絞めから漸く抜け出せたらしい藤さんがこちらへと向かってくるのが見えた。
「あ、森ちゃん。し…あー、いや、都筑さん見なかった?」
「い、いえ見ては…ない、です」
姿は見ていない。だけど、都筑さんは十中八九喫煙スペースで中原さんと揉めている。曖昧に頭を下げて、藤さんの横をすり抜ける。
個室に戻ってからは都筑さん以外の女性陣と会社近くの美味しいランチのお店の話題で盛り上がった。
十数分が経った頃に都筑さんが戻ってきて、それから藤さんも戻ってきたけれど、中原さんは会がお開きになってからも姿を見せなかった。