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Quattro stagioni
第8章 スタンダールの幸福 Ⅲ
酒は好きだが、大勢の飲み会の席はあまり好きじゃない。皆に程々にアルコールが回った頃にいつもこっそり席を抜け出して、店先や別場所に設置されている喫煙所で煙草を吸う。喧噪を遠くに感じている瞬間は結構好きだった。
ああ、そう言えば、と思う。いつの間にか飲み会を抜け出すときは都筑と一緒だった。くそ。またお前は遠く届かない日々を思い出させるのか。脳裏に浮かんだ煙草を咥えた都筑の横顔を打ち消すように深く吸いこんだ煙を吐き出す。
都筑が喫煙者であることを知ったのはあいつが入社してきて3か月が経つか経たないかの頃だ。会社から数駅離れた街の静かなバー。金曜の晩、ふらっと入ったその店でカウンターの端に座っていた都筑は俺と同じ銘柄の煙草を燻らせながら草臥れた文庫本を読んでいた。
俺が好きな作家の初期作品。マイナーな部類に入るそれを読んでいる、もしくは読んだことのある人間は身近にいなかったから驚いたことをよく覚えている。
あの時期の都筑は酷く疲れ切った顔をしていた。慣れない環境に疲れているのかと思ったが、それとは違うような気もした。それとなく隣の席につくと、あいつはゆっくりと本から顔を上げた。
どんな会話をしたのだったか。そこはよく思い出せない。確か本の話をして、それからあいつが夏の夜は自宅で上手く眠れないのだという話になった。だから俺は、なにもしないから家に来るかと言ったのだ。そうだ、あの時、するりとそんなことを言ってのけた自分に戸惑ったのだった。
今になって思えば、あの晩の都筑は俺を試していたような気がする。どこか訝る様子でついてきた都筑はベッドを使えと告げて寝室から出ようとした俺に意外そうな視線を向けていた。
それから本の貸し借りをするようになり、昼休憩は決まって共に取るようになり、お互いの家を行き来するようになっていた。自然と、なんとなくそうなって、俺はそのことに疑問など抱かなかった。