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Quattro stagioni
第8章 スタンダールの幸福 Ⅲ

今はもう都筑の顔を見ても、苦い感情が込みあげるだけだ。ああすれば良かった、こうすれば良かった、と後悔の念ばかりが胸を占める。

届ききらなかった気持ちは胸の奥底に押し込んで封をした筈だった。そうすることで上手くやってきたつもりだった。つぎはぎだらけの居心地の良い日常がほつれ始めたのは森美月の中に出会った頃の都筑を感じた所為だろう。あの時、彼女に都筑の面影を感じなければ俺はこうも仕舞い込んだものを思い出さなかったに違いない。

「森ちゃんがダメなら山田っつー選択肢もあるぞ」
「…どうして部内で済まそうとするんすか」
「俺が面白いから」
「くそだな…ほんと、そうやって面白がるから都筑に噛みつかれるんすよ」
「……あれは命の危険を感じたな…あいつが胸倉掴む力すげー強いの、首がやられるかと思った」

青ざめているように見えるが、口元が笑っていた。彼の脳裏には都筑がぶち切れて胸倉を掴んだ日の光景が浮かんでいるのだろう。自業自得っすよ、と返して残りわずかな焼き鳥に手を伸ばす。2杯目のビールと、料理を何品か追加注文。大皿の上には皮串が2本残った。

そこから終電ぎりぎりまで村澤さんの惚気を聞かされた。言っておくが、俺が今日飲みに付き合ってもらいたかったのは新人とどう上手くやるかを聞きたかった訳で、恋愛の良さだとか、森アカネの得意料理だとかが聞きたかった訳ではない。

もういいっす、と言う俺に、まあ聞けよ、と森アカネの作る餃子が如何に美味いかを力説する村澤さんの顔はにやけで緩みきっていてまるで別人だった。店を出る間際、ふと、都筑のことではなく、森美月は料理が得意だったりするのだろうかと思ったのは何故なのかよく分からなかった。
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