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Quattro stagioni
第9章 スタンダールの幸福 Ⅳ
長雨の影響で肌寒い7月。段々と仕事や部内の雰囲気に慣れてきて、アカネさん以外にもミヤコさんや都筑さんとあれこれ喋ることが増えてきた。気づけば中原さんはわたしの帰りがけに見せていたぎこちない笑顔を見せなくなったけれど、ひと月前の歓迎会の日以来、日中は妙ににこにこしているように見える。
でも、その妙なにこにこ顔は都筑さんと業務の話をしているときは消え失せる。それに、何故だか些細な雑談を全くしなくなった。あの日、わたしが少し聞いてしまった口論が原因なのだろうか。
続く雨の所為なのか、最近の中原さんはどこか寂しそうに見える。その顔を見ると何故だか胸の奥がつきつきと痛んだ。
「森!なあ!聞いてんの?」
「…!ご、ごめん、聞いてなかった」
「聞けよ。ほら、暑気払い。俺らで準備しないとだろ。都筑先輩が言ってたんだけど、会社からちょっと歩いたところのパン屋のカツサンドは必須なんだって」
「そ、そうなんだ…お店の名前は聞いた?」
「聞いたけど、都筑先輩も覚えてないって。中原さんなら知ってるらしい」
今日は都筑さんが社外の業務に出ていて、中原さんがわたしと清水くんのことを見ている。清水くんは中原さんが妙ににこにこしているのは気にならないのか、最近の中原さんって機嫌良さそうだよな、と言っていた。
時は、今しがた昼休憩から戻ったばかり。連れて行ってもらった炭火焼定食のお店のランチは美味しかった。中原さんは部長に呼ばれて席を立っていて、その間、午前中の作業を振り返っていたのだけれど、わたしはいつの間にか考え込んでしまっていたらしい。
暑気払い、なんて聞き慣れない単語。先日部長から清水くんとふたりで準備をしてくれと頼まれた部内のイベントだ。あれこれオードブルを頼んでフロアで飲むんだよ、と都筑さんが教えてくれた。彼女は部長の気まぐれで昨年の暑気払いの幹事を押し付けられたと笑っていた。