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Quattro stagioni
第9章 スタンダールの幸福 Ⅳ

大きな声につられて顔を上げると3号会議室から部長と中原さんが出てくるところだった。仕事の話をしていたような雰囲気ではなく、部長はいつも都筑さんにちょっかいを出すときのように豪快に笑っている。疲れた様子の中原さんはデスクまで戻ってくると深い溜息を吐いた。

「中原さん、カツサンドの店知ってますか?」
「カツサンド?ああ、ゴリラの餌か…あれはほら、坂上った先の…」

さり気なく暴言を吐きながら身振り手振りを交えての説明で清水くんにはお店の場所が分かったらしい。わたしにはよく分からなかったけれど、彼が分かっているなら問題ないだろう。

今日の中原さんは妙ににこにこしていない。何故だろう。じっと清水くんと言葉を交わす横顔を見ていると、彼はゆっくりとこちらを向いた。僅かに眉間に皺を寄せている。

「どうした?」
「えっ、」
「見てただろ。またなんか困ってんのか」
「い、いえ…まだ、大丈夫です」
「そうか。困ったらすぐ言えよ」

はい、と答える前に中原さんの視線は彼の前のPCへと戻っていた。午後の業務に取り掛かるとわたし達のデスクの島はしんと静かになる。普段はおふざけをする清水くんが都筑さんが居ないと大人しいからだ。少し離れた位置のアカネさんたちのデスクの島はいつも賑やかだ。その中心には藤さんの姿がある。

黙々と作業をこなしているとふいに中原さんが動いた。なんだろう、とそちらを見れば酷く面倒くさそうな顔をして手で追い払うような仕種をする。誰に向けているのか。視線を動かすとにまにまと笑った村澤さんがアイスコーヒーのカップを片手にこちらへやってくる。

「仕事してくださいよ。暇ならこれ持ってってくれてもいいっすよ」

にんまり笑った村澤さんが中原さんの背後を回ってわたしと彼の間に立つと、すかさず中原さんが書類の束を突き出しながら言う。

「嫌だよ。森ちゃん、どう、こいつ。優しい?」

こいつ、と中原さんを顎で示す。村澤さんと中原さんは1期違いの先輩後輩だったか。見たところ、割と親しいみたいだ。

「や、優しいです。いつも困ったらすぐ言えって言ってくれて…」
「ふうん」
「まじで俺も胸倉掴みますよ」

俺も?村澤さんは他の誰かにも胸倉を掴まれたのかな。首を傾げて曖昧に笑う。
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