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Quattro stagioni
第10章 スタンダールの幸福 Ⅴ
「最近、森の様子おかしいんすよ…」
「なんだよ、お前、なんかやったの?」
「いや、なにも…」
雨の多い7月が過ぎ、8月になった。最高気温は優に30度を超え、夜になってからもじっとりと熱気が身体に纏わりつき、これはこれで気分が滅入る。それを払拭出来るのは冷房の効いた居酒屋の店内で冷えに冷えたビールを飲んだ瞬間だ。
先月半ばに執り行われた暑気払いの日に森を自宅に連れて帰ったが、ベッドに寝かせただけで手出しもなにもしていない。そうだというのに、やはりそれがまずかったのか週明けから森の様子がおかしくなった。
眠った顔は、都筑とは似ても似つかなかった。あいつが大型の猛獣だとするならば、森美月はうさぎとか、子犬とか、そういった小動物だ。ベッドで眠る森の顔を見ると、都筑の寝顔を思い出した。たった一度だけ、自分がしてしまったことも。そうだ、あの晩、あいつが目を覚ませば俺たちの関係は変わっていただろうか。
そんなことを考えながら、無駄だなとも思った。もしもあの時、なんて考えたところで意味はない。都筑と業務以外で口を利かなくなってほぼ、2か月。やっと、都筑が何故あんなことを言ったのかがなんとなく分かってきた。あいつは俺が元に戻ったと思い込んで、立ち止まったままでいることを案じてくれたのだろう。
本当の意味で、あいつが良き友人になる日はこの先来ないのかもしれない。だが、それでも良かった。無理やり友人になる必要はないのだ。
俺としてはどこかすっきりしたような心持ちだった。妙に気を張ることもなく、会社に行くにしたって幾分か気が楽になってきたというのに、近頃の森が俺の顔を見ると泣き出しそうな顔をするのが気にかかる。
「飯もあんま食わなくなったし…目が合うとすげー勢いで逸らすんすよ。なんすかね」
「あっちが先だったか」
「どういう意味っすか」
「そのうち分かるって。いいね、お前の口から都筑の話題が出て来なくなっただけで良かったけど、森ちゃんのこと気にかけてるとか…いや、うん、俺はいいと思う」