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霞草
第9章 無知
霞を止めようとおじさんが追いかけて叫んだ。
「危ないから、止まるんだ、
…、…、子。」
バスのスピードが上がり、おじさんの声が掻き消される。
名前…?
最後におじさんが叫んだのは、霞の本当の名前…
カーブで霞の姿は見えなくなった。
いや霞じゃない。
僕は、荷物を置いた席に戻った。
そうだ。
僕だって、『しゅう』じゃない。
お互い名字すら知らない。
なんとなく気になりながら思い出せずにいたこと…
僕は呼び方を訊いて
霞と彼女は答えた。
花屋で、霞草の霞ちゃんと呼ばれていたのは、あだ名だったから。
おとなしい彼女は名乗らずに、
「霞草をお持ちしました。」
とだけ言う、だから霞ちゃん。
そして、霞ちゃんの兄ちゃんと呼ばれた僕…
僕も名乗らなかったから、霞ちゃんの兄ちゃん…
あだ名だらけでおかしい、名無しだと店主は言い掛けたんだ。
そして、おじさん達が、霞と呼んでいるのを聞いたことがない。
僕が霞と呼んでいるのを知り、うちの娘などと呼んでいたんだ。
第一、霞が幼稚園のころにここにきて、そのあと霞草を育てるようになったのだから、彼女の名前は霞じゃない。