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銀木犀の香る寝屋であなたと
第8章 再会
 洋食屋からカフェーに代わった場所は今ではもう洋品店になっており、明るい色のワンピースが並べられている。
 若い女学生たちが賑やかに指を差しながらワンピースを眺めているが、今の珠子にはもう着飾りたい欲求も欲しい物もなかった。
それでも彼女たちの若さに眩しさを感じ微笑ましく見つめる。

 三十路を超えてから、リヤカーを引き、町で苗木を売り歩く際、男たちにからかわれることはもう無くなっている。
三年前くらいまでは、苗木の値段ではなく、珠子自身の値段を聞いてくるものも多かった。 そのたびに、珠子は今までの自分が娼婦であったと身をもって思い知らされてきたのだ。

 今は農家の苗木売りとして板についてきたようで、珠子に関心を寄せるものがなくほっとしている。
『カフェー アメリカ』は珠子が辞めたのち、軍の撤退も手伝い、半年後には店はたたまれ、オーナーは新天地を求め上京したと風の噂で聞いた。


 リヤカーを邪魔にならない道端に停め、道行く人に声を掛ける。

「ミカンの苗木はいかがですかあー。ゆずもありますよー」

 飛ぶように売れるわけではないが、珠子一人が生きていく分は十分稼げる。
本当は野菜を売るほうが利益率が高いのだが、彼女は戦後の焼け野原を緑であふれる平和な土地へと願って苗木を売ることにした。
 ミカンの木が売れるときに、よかったらと銀木犀の枝を渡すが、銀木犀とわかるものは誰もいない。どうやら金木犀のほうが主流らしい。それでも珍しさで皆、持って帰るのだった。
 何本か売れたので少し休憩をしていると、学生服姿の凛々しい若者が声を掛けてきた。
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