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銀木犀の香る寝屋であなたと
第1章 月夜の出会い
 次の日の金曜日、浩一は屋敷内で顔を見せることはなかった。
葉子は朝からそわそわし今夜のことを考えて慌ただしく仕事を済ませ、家に帰り一樹を早く寝かしつけた。

 八歳になったばかりの一樹はあどけなく、あっという間に眠りにつく。今日も学校で習ったことを葉子に話して聞かせた。貧しいが穏やかに過ごす息子との生活は葉子にとってささやかな幸せだ。
しかし、今夜彼女の胸がしばらく感じることのなかった高鳴りが芽生えている。

 そっと銀色の懐中時計を帯から取り出し眺める。よく使いこまれているが目立った傷はなく丁寧な扱われ方をしている。
もうすぐ八時だと思うと時計の正確な秒を刻む音よりも心臓が早く打ち出した。(八時過ぎに)

 八時になった。葉子は隣の部屋の一樹の顔をもう一度見てから、静かに襖を締め、外へ出た。
下から登ってくる人影が見える。(だんな様)


 見守っていると浩一は葉子に気づいたようで、はたと顔をあげにっこり微笑みながら近づいてくる。(もうあと、2丈くらい)
少し息を切らし浩一は目の前にやってきた。

「こんばんは」
「こ、こんばんは」

「少し話してもいいかな」
「ええ」

 浩一は柔らかい下草の生えた木の根元に座り込んだ。

「一緒に座ろう。今夜は少しあたたかいな」
「そうですね」

「手を見せてごらん。ちゃんと薬は塗っているかい?」
「え、あ、あの」

 葉子はさっと手を隠したが、浩一がすっと取り上げた。

「全然よくなっていないな。よく効くはずだが」
「あ、す、すみません。もったいなくて、その、使ってないんです」

「ははは。そうなのか。使わない方がもったいないよ。ちゃんとつけなさい」
「はい……」

 少しだけ春風を感じ、梅の香りを二人で愉しんだ。

「じゃ、いくよ。また来てもいいかな」
「あ、はあ」

 二十分足らずで浩一は去っていった。葉子は後姿を見送り、屋敷の扉を開き中に入ったのを見届けてから自分も部屋に入った。
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