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銀木犀の香る寝屋であなたと
第1章 月夜の出会い
 優しく浩一は言うが、葉子があの塗り薬がどれだけ高価なものかは、だいたい予想がついていた。
そもそも薬というものを奉公人が常備できるものではない。

 葉子は決心し「だんな様」と声を掛けた。

「ん?」
「わたしには何も差し上げられるものはありません。ですから、どうか……」

 粗末な着物をさっと脱ぎ、やはり粗末な肌襦袢姿になり、正座して頭を下げた。

「あっ。そんなことをしてはいけない。そういうつもりじゃないんだよ」

 浩一は苦しそうな表情で顔を左右に振った。

「でも……だんな様。優しくしてもらうだけで、なにもお返しができないと辛いんです」

「身体が欲しいんじゃないんだ」

「あの、お慕いしてます。だんな様のこと」
 
ため息をつきながら浩一は「亡くなったご主人のことはどう思っているの?」と尋ねる。

「今は、もう……。辛い思いもいっぱいさせられましたし」
「でも、好きあって一緒になったのだろう?」

「そう……ですね。若いころから知ってましたし、もともと優しくて頼もしい人でしたね」

 葉子が過去を懐かしむような表情を見せたとき、浩一は珍しく嫉妬にかられた。

「葉子っ」
「あっ」

 浩一がいきなり葉子の手首を引っ張り、自分の胸元へ抱き寄せた。

「だ、だんな様……」
「君からご主人の話を聞くととても苦しくなる。無理にでも自分のものにしたくなる」

 苦し気に眉間にしわを寄せる浩一は、いつもの優美さに陰りが出ている。

「だんな様。あなたのものにしてください……」

 葉子は浩一の胸に手を当て目を閉じた。
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