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銀木犀の香る寝屋であなたと
第4章 少女時代の終焉
 キヨが出産を間近にひかえた頃、珠子は里帰りすることとなった。
藤井家には珠子の存在が影響することはない。赤子が産まれてもしばらくすることはないが、いずれ赤子はキヨから離され珠子が母親となる。
このことは厳密ではないが内密の話で外部には漏らさないようにと言われており、珠子にも沢木家への口止めがなされている。彼女も完全に部外者の様な気がしていてこのことを話すつもりはなかった。

 久しぶりの実家を外から眺める。藤井邸の洋館と違う沢木家は、昔ながらの木造建築で重そうな瓦が安心感を与える。
帰省を二か月ほど許されてる珠子はできるだけ目に焼き映しておきたいと、屋敷を囲む土壁を触りながらぐるりと一周する。
裏山のほうに差し掛かった時、山の中腹に小屋が見えた。(まだ、あるのね)
 葉子と一樹のかつての住まいだ。後でそこへも訪れようと心に決めて、また表に戻り、中に入ることにした。

 連絡してあったので使用人たちは皆、歓迎ムードで珠子を歓待する。懐かしい顔ぶれに珠子はほっとしくつろいだ。

「珠子さん、お帰りなさい」

 葉子が駆け寄ってきた。髪をきちんとまとめ上げ、麻の葉模様の着物をたすき掛けし相変わらずよく働いているような様子だ。

「お母さま、ただいま。お変わりなさそうで」
「ありがとう。珠子さんはいかが?お車で疲れたのではないの?」
「すこし、揺られたけど平気。お父さまは?」
「商談に出られているけど、夕方には帰りますよ」
「そう、早く会いたいわ」

「明日には一樹も帰ってきますから」
「えっ、お兄さまも帰ってらっしゃるの?楽しみだわ」

 父の浩一と会えるのも嬉しいが、一樹に会えるのはもっと嬉しかった。

「さ、さ。入って。お茶でも飲みましょう」

 久しぶりに座敷で足を伸ばしたいと、珠子は敷居をまたいだ。
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