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銀木犀の香る寝屋であなたと
第1章 月夜の出会い
 金曜日の夜がきた。扉の前で珠子は待っている。トントントン。(三回)
珠子がそぉっと扉を開くと一樹が立っていた。

「ごきげんよう」

「ご、ごきげんよ」

 珠子はにっこりと笑って一樹の隣に並んだ。

「どこでおしゃべりする?」
「んーっと」

 浩一と葉子のむつみ合う声が聞こえない、ほどほどの距離をとった樫の木の根元に指を差し、「そこへいこう」と促した。

 下草は夜露でしっとりとしているが濡れるほどではなく、程よい湿り気がひんやりと心地よい。

「森の中って気持ちいいのね」
「うん。夏でも冬でも過ごしやすいよ」

 今夜の月は半月で少しうすぼんやりと霞がかかっている。月を見ながら一樹はまた指を差す。

「あの月が、その木の枝に引っかかったら、だんな様がお帰りになるから、それまでには帰ろう」
「ええ。ところで一樹さんは小学校はいってらっしゃるの?お見掛けしないけれど」

「ああ。俺は去年卒業したから、今はお屋敷で材木の下働きをしてるんだ。もっと大人になったら山仕事をすると思う」

 珠子の家は代々多くの山を所有し、木材問屋を営んでいる裕福層の商人だ。浩一は木材問屋『沢木屋』の五代目当主である。

「学校はいかないの?」
「いけないよ。そんな余裕うちにはないから、でも別に学校に行かなくても木のことを教わるのはすごく楽しいんだ」

「そうなのね。木って色々あるのかしら?」
「そりゃあ、あるさ。ここら辺だけでも何種類もあるんだ、ほら葉っぱの形だってみんな違うし」

 一樹は最近教わった、扱う材木の種類と用途を説明した。

「珠子は綺麗なお花が咲く木がいいわ」
「えっと。この近くにはないか。そろそろ銀木犀が咲きそうだから連れて行ってあげるよ」

「ギンモクセイ?きんもくせいじゃなくて?」
「うん。金木犀よりすこし香りが優しいんだ。白い花が可愛いよ」

「へえー。楽しみだわ」
「あっ!いけない」

 おしゃべりのせいで時間がすっかり経ってしまった。
月を見るとあと三寸で木の枝に引っかかりそうな距離だ。
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