この作品は18歳未満閲覧禁止です

- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
夏の華 〜 暁の星と月 Ⅱ 〜
第5章 緑に睡る

紳一郎は大階段の最上階の廊下から階下の玄関ホールを見下ろす。
…華やかな色彩が目に飛び込む。
蘭子がお気に入りの美男の下僕を連れ、出かけようとしているところだった。
下僕に豪奢なミンクのストールを掛けてもらいながら執事を振り返る。
「…では乗馬服を一揃え出しておいてちょうだいね。週末は遠乗りをするわ」
「かしこまりました。奥様。
…本日は晩餐はお召し上がりになりますか?」
「いらないわ。…今夜は縣男爵の夜会に招待されているのよ。あそこの礼也様はそれはハンサムで素敵な方だけれど、奥様の光様に首ったけだし、弟の暁様は目の覚めるような美青年だけれど、お人形のように無機質で…余り食指の動く夜会ではないのだけれど…ね」
蠱惑的に微笑むと、ふと視線に気づいたのか階上を見上げる。
硬い視線を寄越す紳一郎と傍らに佇む十市の存在を認めると、長く濃い睫毛を瞬かせて笑い、真っ白な造り物のように美しく華奢な手をひらひらとさせ、流し目をくれると、滑るように玄関を出て行った。
執事が見送る為に後に続き、ドアを閉める。
紳一郎は吐き捨てるように小さく叫んだ。
「…最低だ…!あの淫売!」
十市が眉を顰め、紳一郎を見下ろす。
「…母さんにそんな言い方をしてはだめです」
静かだが断固とした口調にはっとする。
「どんな母さんでも、坊ちゃんを産んでくれた人だ。そんな風に悪く言っちゃだめだ」
紳一郎は十市を睨む。
「十市はあの女の味方なの?」
声が震える。
十市に窘められたことより、十市が蘭子の肩を持ったことが哀しい。
十市はふっと表情を和らげ、紳一郎の華奢な肩に手を置いた。
「…いいえ。俺は坊ちゃんの味方です。坊ちゃんの方が好きです」
胸がきゅっと締め付けられそうになり、涙が溢れそうになる。
そんな貌を十市に見られたくなくて、紳一郎は十市に抱きつき、胸に貌を埋める。
…硬く引き締まった筋肉越しに、安い煙草となめし革とうっすら火薬の匂いがする…。
紳一郎は眼を閉じる。
「…今夜、十市の小屋に行くよ。…今夜からまた勉強を教えてあげる。掛け算はマスターしたから、次は割り算だね」
十市の分厚い大きな手が紳一郎の髪を優しく撫でる。
…いつまでも、いつまでも、こうしていたいな…。
紳一郎は十市の逞しい背中をぎゅっと抱き締めた。
…華やかな色彩が目に飛び込む。
蘭子がお気に入りの美男の下僕を連れ、出かけようとしているところだった。
下僕に豪奢なミンクのストールを掛けてもらいながら執事を振り返る。
「…では乗馬服を一揃え出しておいてちょうだいね。週末は遠乗りをするわ」
「かしこまりました。奥様。
…本日は晩餐はお召し上がりになりますか?」
「いらないわ。…今夜は縣男爵の夜会に招待されているのよ。あそこの礼也様はそれはハンサムで素敵な方だけれど、奥様の光様に首ったけだし、弟の暁様は目の覚めるような美青年だけれど、お人形のように無機質で…余り食指の動く夜会ではないのだけれど…ね」
蠱惑的に微笑むと、ふと視線に気づいたのか階上を見上げる。
硬い視線を寄越す紳一郎と傍らに佇む十市の存在を認めると、長く濃い睫毛を瞬かせて笑い、真っ白な造り物のように美しく華奢な手をひらひらとさせ、流し目をくれると、滑るように玄関を出て行った。
執事が見送る為に後に続き、ドアを閉める。
紳一郎は吐き捨てるように小さく叫んだ。
「…最低だ…!あの淫売!」
十市が眉を顰め、紳一郎を見下ろす。
「…母さんにそんな言い方をしてはだめです」
静かだが断固とした口調にはっとする。
「どんな母さんでも、坊ちゃんを産んでくれた人だ。そんな風に悪く言っちゃだめだ」
紳一郎は十市を睨む。
「十市はあの女の味方なの?」
声が震える。
十市に窘められたことより、十市が蘭子の肩を持ったことが哀しい。
十市はふっと表情を和らげ、紳一郎の華奢な肩に手を置いた。
「…いいえ。俺は坊ちゃんの味方です。坊ちゃんの方が好きです」
胸がきゅっと締め付けられそうになり、涙が溢れそうになる。
そんな貌を十市に見られたくなくて、紳一郎は十市に抱きつき、胸に貌を埋める。
…硬く引き締まった筋肉越しに、安い煙草となめし革とうっすら火薬の匂いがする…。
紳一郎は眼を閉じる。
「…今夜、十市の小屋に行くよ。…今夜からまた勉強を教えてあげる。掛け算はマスターしたから、次は割り算だね」
十市の分厚い大きな手が紳一郎の髪を優しく撫でる。
…いつまでも、いつまでも、こうしていたいな…。
紳一郎は十市の逞しい背中をぎゅっと抱き締めた。

