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夏の華 〜 暁の星と月 Ⅱ 〜
第5章 緑に睡る

部屋に閉じこもり、ベッドに寝転がる。
…せっかく十市に会えたのに…。
あの女のせいで最悪だ。
紳一郎は苛々と爪を噛む。
…滅多に屋敷に帰ってこない癖に、なんだってこんな日に!
腹立ち紛れに羽枕を壁に叩きつける。
カバーが破れ、白い羽根が宙を舞う。
…その時、遠慮勝ちなノックの音が聞こえた。
「誰⁈」
苛立ちをぶつける紳一郎の問いに、訥々とした声が響く。
「…俺です…十市です…」
紳一郎は跳ね起きる。
「十市⁈」
十市が階上に上がってくることなどあり得ないことだったからだ。
十市はこの屋敷に近づくことすらも厭う。
ましてや主人の家族の部屋を訪ねるなど、執事の許可がいることを、彼がやってのけるなど思いもよらぬことだった。
紳一郎は素早くベッドから降りるとドアに駆け寄った。
…ドアを開けると、大きな身体を縮めるようにして所在無げに十市が佇んでいた。
訪ねてきてくれた嬉しさに、紳一郎は胸が一杯になる。
「十市…。入って」
その逞しい筋肉に覆われた腕を引き寄せる。
「いや、俺は中に入るわけにはいかないです」
きっぱりと断られ
「どうして?」
怪訝そうな貌をすると、
「俺は使用人です。しかも森番の…。その俺が坊ちゃんの部屋に入るなんて許されることではないです」
不満げに口をへの字に曲げていると、十市は彫りの深い澄んだ美しい瞳で笑った。
「坊ちゃんが怒って行ってしまったのが気になって…。坊ちゃんが機嫌が悪いと俺は心配になるんです。…なんでだか分からないけれど…」
「…ごめん…。せっかく帰ってきたばかりなのに…」
十市になら素直に謝れる。
十市の宝石みたいに綺麗な瞳を見ていると、心の澱がいつの間にか流れてゆくような…そんな気持ちになるのだ。
「…坊ちゃん、笑って。俺は坊ちゃんが笑った貌が一番好きだ。坊ちゃんの笑顔を見ると、森の中に咲いている綺麗な花を見つけた時のような気分になる…」
不器用に言葉を連ねる十市に、照れ臭いような泣きたいような感情に襲われる。
「…十市…」
節くれ立った大きな手を握り締める。
十市の指がびくりと震えた。
紳一郎は精一杯の笑顔を見せる。
「…また毎日会えるね…」
十市はいつものように眩しそうに濃い睫毛を瞬かせ、綺麗な歯並びを見せて笑い、そっと頷いた。
…玄関ホールが賑やかになった。
不審に思いながら紳一郎は十市を連れ、廊下に出る。
…せっかく十市に会えたのに…。
あの女のせいで最悪だ。
紳一郎は苛々と爪を噛む。
…滅多に屋敷に帰ってこない癖に、なんだってこんな日に!
腹立ち紛れに羽枕を壁に叩きつける。
カバーが破れ、白い羽根が宙を舞う。
…その時、遠慮勝ちなノックの音が聞こえた。
「誰⁈」
苛立ちをぶつける紳一郎の問いに、訥々とした声が響く。
「…俺です…十市です…」
紳一郎は跳ね起きる。
「十市⁈」
十市が階上に上がってくることなどあり得ないことだったからだ。
十市はこの屋敷に近づくことすらも厭う。
ましてや主人の家族の部屋を訪ねるなど、執事の許可がいることを、彼がやってのけるなど思いもよらぬことだった。
紳一郎は素早くベッドから降りるとドアに駆け寄った。
…ドアを開けると、大きな身体を縮めるようにして所在無げに十市が佇んでいた。
訪ねてきてくれた嬉しさに、紳一郎は胸が一杯になる。
「十市…。入って」
その逞しい筋肉に覆われた腕を引き寄せる。
「いや、俺は中に入るわけにはいかないです」
きっぱりと断られ
「どうして?」
怪訝そうな貌をすると、
「俺は使用人です。しかも森番の…。その俺が坊ちゃんの部屋に入るなんて許されることではないです」
不満げに口をへの字に曲げていると、十市は彫りの深い澄んだ美しい瞳で笑った。
「坊ちゃんが怒って行ってしまったのが気になって…。坊ちゃんが機嫌が悪いと俺は心配になるんです。…なんでだか分からないけれど…」
「…ごめん…。せっかく帰ってきたばかりなのに…」
十市になら素直に謝れる。
十市の宝石みたいに綺麗な瞳を見ていると、心の澱がいつの間にか流れてゆくような…そんな気持ちになるのだ。
「…坊ちゃん、笑って。俺は坊ちゃんが笑った貌が一番好きだ。坊ちゃんの笑顔を見ると、森の中に咲いている綺麗な花を見つけた時のような気分になる…」
不器用に言葉を連ねる十市に、照れ臭いような泣きたいような感情に襲われる。
「…十市…」
節くれ立った大きな手を握り締める。
十市の指がびくりと震えた。
紳一郎は精一杯の笑顔を見せる。
「…また毎日会えるね…」
十市はいつものように眩しそうに濃い睫毛を瞬かせ、綺麗な歯並びを見せて笑い、そっと頷いた。
…玄関ホールが賑やかになった。
不審に思いながら紳一郎は十市を連れ、廊下に出る。

