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夏の華 〜 暁の星と月 Ⅱ 〜
第8章 真夜中のお茶をご一緒に
「…本当に残念だわ。…司さんもご一緒に箱根にゆけるのを楽しみにしていたのに…」
パリ仕立てのラベンダー色の帽子に銀狐の毛皮のコートを着た華やかで美しい光は心から残念そうに眉を寄せた。
司は自室のベッドに上半身だけを起こした姿で、恐縮する。
「…すみません。ご心配をお掛けして…。
でもどうぞ、僕のことはお気になさらずご旅行を楽しまれてください」
「…そうね…。無理にお連れしてあちらで具合が悪くなられたら、大変ですものね…」
光は残念そうに自分に言い聞かせる。

…イブの翌日、司は高熱を出し寝込んでしまった。
寒い中、長時間外で立ち竦んでいたのがよくなかったのだろう。
すぐさま縣家の主治医が呼ばれ診察され、ただの風邪だと分かり皆はほっと胸を撫で下ろした。

しかし熱が下がるのに数日はかかり、結局ベッドの中で大晦日を迎える羽目になったのだ。

困ったのは光達だった。
縣家ではここ数年、箱根の別荘で新年を迎えることを慣習としていた。
今年は司も一緒に同行する予定で、その準備も進められていたのだ。

「…僕はここで留守番していますから、どうぞご心配なく…」
気を遣わせないように微笑む司に光は、でも…と言い淀む。
「…箱根に同行する使用人以外は、全てお休みを取らせてしまったのよね。…まだお熱がある司さんをお一人にするわけにはいかないわ」
風間家から託された大切な客人を置いて別荘に行くなど、著しく礼を欠いている。
律儀な光は考えあぐねていた。
「…今から臨時のメイドを手配して…」

「大丈夫ですよ、光さん。もう微熱ですし、ただの風邪です。それには及びません」
司は明るく笑った。
パリの家では使用人は数名いたが、縣家ほどの手厚く世話を焼かれていた訳ではない。
母の百合子は職業婦人で多忙だったし、年の離れた妹もいたから自分のことは自分でするよう躾られていたのだ。
一人で留守番くらいどうということはなかった。
心配する光に更に言葉を重ねようとした時…静かな声が部屋に響いた。

「…奥様。私が残って司様のお世話をいたします。どうぞご安心下さいませ…」
「泉…!」

驚いて振り返ると、泉が銀の盆に水差しと飲み薬を載せ、穏やかに微笑みながら部屋の入り口に佇んでいた。








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