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夏の華 〜 暁の星と月 Ⅱ 〜
第9章 さよなら、初恋
「…そうか…」
大紋は驚きもせずに暖炉の傍らに片膝を着くと、火掻き棒で薪の燃え具合を調整した。
薫は膝を抱えたまま、大紋を見上げる。
「…僕、おかしいですか?」
大紋は幼い頃から薫を可愛がってくれる…いわば礼也と泉に次いで信頼できる大人の男性だった。
だからこんな率直な質問も出来るのだ。

柔らかな橙色の炎の光に照らされた大紋の端正な貌が柔らかく笑う。
「いいや。ちっとも…。泉くんは美しく有能で理知的で…でもどこか野性的で…男でも惹かれてしまう魅力に満ち溢れているからね。君が好きになる気持ちはよく分かるよ」
大紋の言葉に、少しだけ凍りついた気持ちが溶け出してゆく。

「…泉のことをずっと好きだったんです。物心ついた頃からずっとです。泉は僕の初恋です。告白したこともあります。
…でも、泉は…」
人形のように端正な貌が哀しげに歪み、俯く。
「…僕のことは自分の子どものように思っているから…そういう関係にはなれない…て…」
…大人のキスをしてくれた。
大人への性の導きも少しだけ手伝ってくれた。
…けれど、それ以上は絶対に進もうとしなかった。

「…でも、僕は諦めませんでした。僕がまだ子どもだからだって思って…僕が大人になったらきっと認めてくれるって信じていて…だから…だから早く大人になりたかった。…泉と釣り合うような…立派な大人になりたかったのに…!」
…なのに泉は待ってくれなかった。
薫を待たずに、司を選んだ…。

「…僕の方が司さんよりずっと泉のことを知っている!…僕の方がずっと泉を愛している!司さんなんか、こないだ泉に出会ったばかりじゃないか!…なのに…なのにどうして…⁉︎」
涙と共に激しい憎悪にも似た言葉が飛び出す。
それ以上、可憐な唇から痛々しい言葉を言わせまいとするかのように、大紋が薫を柔らかく抱きしめた。

「…薫くん。…君の気持ちは痛いほどよく分かるよ」
「…おじさま…」
大紋の温かいセーターからは父とはまた違う外国製のフレグランスの香りが漂った。
大きな手が優しく薫の背中を撫でる。
「…私もかつて、君と同じ気持ちになった。私の方が愛しているのに…私の方が深く理解しているのに。
死ぬほど愛しているのに…。なぜ、私はその人と結ばれることが出来ないのか?…と苦しんだ…」
…初めて聴く大紋の苦しげな…切なげな声に、薫ははっとして、大紋の胸から貌を上げる。

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