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夏の華 〜 暁の星と月 Ⅱ 〜
第12章 その愛の淵までも…
…そうして月城が不在の日々が始まった。
幸い暁はこの春、浅草に出店した新しいカフェの視察やホテル・カザマの中に出店したビストロフレンチの店の打ち合わせや調整などで多忙な毎日を過ごしていた。
その気になれば、麻布の北白川邸を訪問し、月城の貌を見ることくらいは可能だ。
しかし、勤務中の月城を煩わせたくなかったし、会えば離れ難くなるのは目に見えていたので、敢えてしなかった。
…考えると、会いたくなるから…。
暁は今まで以上に仕事に打ち込んだ。

その日は早い時間だが、暁は浅草のカフェの視察をすべく、仲見世にほど近い小道を歩いていた。
カフェのオープンは11時だ。
暁はいつも開店間もない店は一人で早めに入店し、店の状態をチェックするのを常としていた。
俯瞰で店を見ると意外な盲点が分かるし、人がいない真新しい店の雰囲気がなんとも言えずに好きなのだ。

暁は手にしている桜の花を見つめる。
七分咲きのそれは、庭に植わっている染井吉野だ。
枝を切るのは可哀想だったが、カフェに飾れば多くの来客に見て貰える。
…この桜は月城が丹精込めて世話をしている樹だ。
一人でも多くの人にこの桜の美しさを目にして欲しかった。

桜から目を上げようとした刹那、曲がり角から出てきた背の高い男と危うくぶつかりそうになった。
「すみません!大丈夫ですか?」
男は素早く身体を交わした後、暁に謝った。
その声にはっと貌を上げる。
「…藍染くん…?」
目の前に現れたのは、北白川伯爵家の下僕の藍染であった。
「暁様!偶然ですね。僕は今日は休みなんです。暁様はどうしてここに?」
爽やかな笑顔を浮かべる藍染は薄いブルーのシャツに藍色のジャケットと言う学生のようなスタイルだ。
「ああ…。すぐそこにカフェがあるだろう?あの店は最近、うちの会社が出した店なんだ」
暁の白く細い指が指す方向を振り向いて、眼を見開く。
「そうなんですか!実はよく前を通っていて…素敵なお店だなあ…と思っていたんです。暁様のお店だったんですね」
屈託なく眼を輝かせる藍染に、思わず破顔する。
「…良かったら、珈琲でも飲んでゆく?」
暁の誘いに
「いいんですか?嬉しいです!」
無邪気に喜ぶ藍染を、暁は笑顔で店にいざなった。
「いいよ。どうぞ。…ぜひ珈琲や店の感想も聞かせてくれ。参考にしたいから…」
「はい!喜んで」
藍染は綺麗な瞳で嬉しそうに笑った。
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