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ポン・デ・ザール橋で逢いましょう
第2章 カルチェ・ラタン
「ママン!ねえ、朝ごはんを食べたら、アランのうちに行ってもいいでしょう?」
すっかりフランス語の発音をマスターした司は朝食の席でねだる。
アランは忍一家が引っ越した6区の家の隣に住む同い年の男の子だ。
引っ越してまだ1カ月だというのに、司はすでに仲良しの友達をたくさん作っていた。
中でもアランは司の一番の友達だ。
百合子は司の愛らしい唇に付いたクロワッサンの欠片を優しく取りながら、苦笑した。
「…いいけれど、あまりご迷惑にならないようにね」
6区はジュリアンの屋敷がある16区よりはずっと庶民的な街だがそれでも治安が良く、サン・ジェルマン・デ・プレ教会やパリ大学が近いことから大変人気があり、実業家や官僚も多く住むスノッブなカルチェである。

現にアランの家は乳業会社を経営する一族で、6区の中でも有数の資産家だ。
ギマールの建築様式の邸宅は美術館のようで、ジュリアンの屋敷に慣れた百合子でさえ、息を飲んだほどだった。
けれど、アランの両親達は至って気さくな人柄であった。
新しい日本人の隣人を快く受け入れてくれ、まだこちらの生活になれない百合子に、何くれとなく世話を焼いてくれる。
…もっともそれはフランスの大貴族、ロッシュフォール家の懇意の日本人…という折り紙つきだからなのだろうが…。

忍は経済誌を片手に、カフェ・オ・レを飲み干し、陽気に笑った。
「司は本当に物怖じしないな。フランス語も大体わかってきたみたいだし、大したものだ」
「パパ!今度、アランとシモンとダクリマタッションに行くんだ!遊園地と動物園があるの!ママンも一緒に来てくれるよね⁈」
喜び勇んで声を張り上げる司に、百合子はやや寂しげな表情で首を傾げた。
「…そうね…でも…私などご一緒したら皆様のご迷惑ではないかしら…」
…まだフランス語が堪能ではない百合子は、新居に引っ越してからというもの、すっかり消極的になり、家に引きこもるようになった。
自己主張が激しいフランス女性に萎縮してしまったのだ。
出かけるのは司のエコールマテルネルへの送迎のみ…しかも皆、自家用車での移動なので会話する時間は僅かだ。
控えめで物静かな百合子は他の母親達に挨拶をするのが限界だった。
「え〜?ママン、来てくれないの?つまんない…」
唇を尖らせた司の頭を撫でながら、忍が気遣わしげに優しく尋ねた。
「…何か嫌な思いでもしたの?百合子…」
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