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ポン・デ・ザール橋で逢いましょう
第2章 カルチェ・ラタン
マルグリットの去ったあとには、妖しくも艶やかな花のような薫りが仄かに漂った。
「驚かせてしまってすまないね。マルグリットはいつもあんな調子なんだ」
やや諦めたように…しかしどこか焦れたような吐息を滲ませながらジュリアンは謝った。
百合子は首を振った。
恋人だという若い男にエスコートされながら黒塗りのフォードに乗り込むマルグリットを目で追いながら、感嘆の声を漏らす。
「…お美しい方ですわね。華やかで煌びやかで…まるで大輪の薔薇の花のよう…」
…でも…と、遠慮勝ちに尋ねる。
「…男爵夫人と仰いましたけれど…」
…公然と恋人がいるのだろうか…?
ジュリアンは肩を竦め、少し冷めたカプチーノを口に運ぶ。
「マルグリットはメリーウィドウなんだ。彼女の夫は四十も年上の資産家でね。三年前に亡くなったよ。
それ以来、花から花へと渡る美しい蝶のように浮名を流している。
…まあ、元々没落しかけたマルグリットの実家を助ける為の結婚だったからね。マルグリットの夫は富豪だが成金貴族で、マルグリットの王室に繋がる由緒正しい家名と彼女の若さと美貌が目当てだった。
つまり、お互いにあるのは打算だけ…。
夫婦仲は冷え切っていて、形だけの結婚だったよ。
…彼女はその犠牲者みたいなものだ…」
苦いものを滲ませるように呟くと、少し寂しげな眼差しで走り去るフォードを見送った。

…家の為の結婚…。
少し私に似ているかしら…。

…でも…。
亡き夫の優しい面影が浮かぶ。
旦那様は私をとても大切にしてくださったわ…。
そして司という掛け替えのない宝物を私に遺してくださった…。
優しくて、切ないお言葉も残して…。

私は…幸せだったのだ…。
百合子は胸に湧き上がる温かな感情にそっと微笑んだ。
そして、目の前のジュリアンに視線を向ける。

…ジュリアンは頬杖をつきながら、いつまでもマルグリットが去った方を見つめていた。
その貌には、かつて見たことがないほどに複雑な感情が入り混じった色が浮かんでいたのだった。


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