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女王のレッスン
第7章 ■最後のレッスン
品のある低音がそこに加わって、瑛二さんの目が薄く細められた。
「お前もな」
「え?なあにそれ。稜くん瑛二くんの写真に何か書くの?」
「うん、その予定。寄稿面白くなりそうだから」
「長くなるから広げんな面倒くせえ」
「瑛二さんほんと可愛げなーい」
「なくて結構だ」
心底面倒くさそうにウインドウに肘をついて、瑛二さんは息を吐いた後私のスマホを見下ろした。
「稜」
「何?瑛二さん」
呼び掛けたくせに逡巡しているのか、言葉を選んでいるのか、沈黙が数秒続く。
通話時間のカウントが進み焦れるように彼を窺うと、やがて瑛二さんは顔から力を抜き、頰を緩め柔らかく笑って
「任せた」
たったひと言、告げた。
同じく少しの沈黙の後、
「任せて」
聞こえてきた力強い稜くんの言葉に瑛二さんは目を伏せ、満足げにまた笑う。
彼らは彼らで、それだけでいいらしい。
思わず微笑んで、電話の向こうのふたりの顔を想像した。きっと結衣子さんは目を見開いて、稜くんがそれをニヤニヤと見ているんだろう。
「じゃーな」
「あ、ちょっ……」
止める間も無くタップされた終話ボタン。
私は口をぽかんと開けて、「信じらんない……」と呟いた。
「十分だ」
「そういうもん?」
「そういうもん。行くよ。お前も元気でな」
最後、私だけに向けられた視線と言葉。
私も彼に身体を向けて、見つめ返した。
「またね、瑛二さん」
運転席から伸ばされた手が、私の頭をくしゃりと撫でる。
私は身体の力を抜いて、その先を彼の衝動に委ねた。
意図に気付いたのか、彼の手は僅かに躊躇いを見せた後、私の頭を引き寄せて口付ける。
目を閉じた。首に腕を回して、啄むように数度。
それがいいと思えたし、それが必然であると思った。
「またな、遥香」
身体を離し、私はひとつ頷いて、精一杯微笑んでから車を降りる。
振り返った時にはもう彼は手を上げていて、私もそれに合わせて手を上げた。
不敵な笑みを浮かべ、孤高の緊縛師は走り去る。
車の姿が小さくなり角を曲がって見えなくなった頃、世界が少しだけ滲んでいることに気が付いた。