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毒蜜喰らわば
第13章 別れも幸せも成就
食事を終えて店を出ると、まだまだ止まらぬ人の波が目の前を流れている。
どこかもう一軒、と思わなくもないが、私は想いを飲みこんだ。
茂も何も言わずにいる。
彼も私と同じように、ここを終着点と決めたのだと察した。
「じゃあ、これで・・いままでありがとう」
別れの切り出しは私から。
茂もこちらこそありがとうと、小さく頭をさげた。
「もしもどこかで、もしも街中でばったり会ったらその時は声をかけるわ、友達として。
だから楠木さんも声をかけてね」
ああ、もちろん、とほほ笑む茂の瞳はよどみなく透き通っていた。
その場で右と左に別れて歩き出す。
一度だけ私は振り返ったが、彼が空を仰いだその後ろ姿を見たのを最後に、背を向けた。
ほんの数メートル先に燈籠の灯りが見える。
あの日・・茂とこの表参道で偶然出会った日、別れ際にこの灯りを見た瞬間に
体が熱く燃えたぎる感覚に襲われた。
この男に身をゆだねたいと愛欲が湧き上がってきたのはこの灯りのせいだった。
今・・ほのかなオレンジ色の灯りを見ても心は全く動かない。
熱を帯びてくることもない。
私から遊女の霊が離れていったからだ、そう思った。
キラキラと風に揺れるケヤキ並木の光の粒が、
茂が歩いていった方向にずっと続いている。
この光の粒の中に紛れていった男のことを、きっと一生忘れない・・・