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行こうぜ、相棒
第10章 This is the time
柏木はエリに向き直ると、その目を見た。
「昔、すこしの間、やくざな仕事をしていた。その名残さ」
「やくざな仕事?」
「兵隊みたいなものだ」
そして、大柄の身をかがめ、エリに口づけした。
凶暴な森の獣が、処女にだけは手出ししないというヨーロッパの伝説のように、とてもジェントルでやさしいキスだった。そしてそこには、官能の気配が微塵も感じられなかった。
エリは顔を離そうとした柏木の首に手をかけ、口づけのつづきをねだった。
柏木は唇を寄せ、舌を伸ばしてきた。
しかし、そこには情熱の破片(かけら)も、見つけられなかった。エリが舌を絡めてもなお、柏木はおざなりにしか、キスを返さない。
エリは戸惑った。
なぜ彼が、セックスの前だというのにそんなキスをするのか。
そしてもっと言えば、最初の時の高圧的な態度が昨日から微塵も感じられないのは何故なのか。
昨夜のセックスが終わり、彼と離れた日中の間、エリはその疑問をずっと、飴を舐めるように心の中で転がしていた。
確かに昨晩、エリを抱いたのは柏木だ。その肌具合の良さ、身体の相性の良さはほかの誰でもない。
しかし、あの夜、奪うように犯すようにエリを抱いた柏木の、すさみ具合と奥底に秘めた不思議な悲しさはそこには少しも感じられなかった。ただ単に、身体の相性が良いだけなら、ここまで彼に執着することはなかったろう。
女性として、丁寧に扱われたことは嬉しかった。セックスも、気持ちの通い合ったとても素敵なものだった。しかし、何かが足りない。