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行こうぜ、相棒
第4章 Rule The World
ミドルテンポのゆるいグルーヴの曲がラジオから流れてくる。
エリは箸を休めずに朝食を摂る。
淡白であっさりとした味付けの食事であるが、噛むごとに身体が目覚めてくるのを感じる。
食事の後、皿を洗ってから家の掃除にかかる。
エリが住むこの家は、築一二〇年の平屋の古い日本家屋だ。襖(ふすま)を外せば居間も寝室もひとつの広間になってしまう造り。それは、小さな漁港に面したこの家が、かつて地元の漁労長の住まいであり、折に触れて集まる漁師たちの宴会に対応できるようになっているからだ。
諸事情によりエリがひとりで住むこの家には、昔日のような賑やかさはなく、ただ静かな生活の気配だけが漂っている。
地面から垂直に伸びる太い柱は天井の梁を支える。その黒光りする重厚さは、この家を長い年月にわたり、しっかりとこの地に根付かせてきた。
掃除はただハタキやホウキでホコリやチリを除くだけでなく、その柱にさっと雑巾掛けすることも行う。年に数回の重曹による柱磨きのほかはこうして、絞った雑巾でキッチリ磨き上げる。それが、柱の輝きを維持できるコツだ。
旧市街の外れにあるこの片田舎の漁師の家は、まもなく市の教育委員会から文化財の指定を受ける予定となっている。エリ自身がいつまでここに住むかは分からないが、少なくとも自分が住む間はこの家をキチンとした状態で維持するのだ、と彼女は考えている。
掃除が済むと玄関の鍵をかけ、バックを持って裏庭を抜け、狭く急な石の階段を降りる。港から一段上がった石積みの土台のうえに建てられたこの家。そのガレージは、その石積みの土台を掘り込んで作られている。シャッターを開け、エリはそこから真っ赤なイタリア製の小型のクルマを出した。
窓を開け、六月の風をクルマの中に呼び込みながら、街に向け彼女は走り出す。マニュアルシフトのギアを小気味よくつなぎながら、海沿いの県道をその赤いクルマは走ってゆく。