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行こうぜ、相棒
第8章 Walk Between Raindrops

「もっと顔を見せなさい」
背後から、野太い声が聞こえた。
「忙しいのよ、こう見えても」
振り向かずにエリは答えた。
「生まれついての自由人のあなたが、そんな一般人の言うようなセリフを口にするものじゃないわ」
声は、軽く笑った。
「――マダム、久しぶり」
エリの席に、その大柄の女性が座った。
エリは紺色のノースリーブのシンプルなドレスを着ていた。マダムと呼ばれた年上の女性はシックな黒いスーツ姿だ。
マダムがやってきて場の空気が締まり、店のテンションが上がってゆく。18時のドアオープンに向けて、あちこちから威勢の良い声が漏れ聞こえる。
エリはそんな、いま目覚めんとするこの雰囲気が大好きだった。
「元気そうね」
エリは笑顔をみせた。
「心配種のあなたの顔をあまりみていないからよ」
マダムは片手を上げた。すぐにウェイターが近づいてきて、空のグラスをサーブした。彼はそこにペリエを注ぐ。
彼女はそして、皮肉げな笑みを見せると、エリに向けてグラスを傾げ、乾杯の仕草をしてみせた。エリもそれを受けて、同じように小さくグラスを傾けた。
「今日は、何なの?」
「友だちと、待ち合わせさせてもらってる」
その言葉に、マダムの右の眉が上がった。
「友だち? いい男なのね?」
「マダムの前に出しても恥ずかしくはないかな。
でもほぼ初対面よ」
マダムは笑った。
「変わらないのね。まだ開店前なのよ」
「いつでも私を迎えてくれる。そう言ったのはマダムと給仕長よ」
エリの生意気さにマダムは苦笑した。「好きになさい」
マダムのもとに出入りの業者が伝票を持って現れる。マダムはグラスのペリエを飲み干すと、忙しそうに席を立った。
「今度はきちんとディナーを食べて行きなさい」と言い残して。

