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行こうぜ、相棒
第8章 Walk Between Raindrops

「テレビで見かけたのよ。そこからはネットであなたのことを調べて、微博(中国版Twitter)のあなたのページにたどりついたのよ。国連職員の柏木さん」
柏木、と呼ばれた男はエリの前の椅子に腰かけた。彼は苦笑していた。
「――俺は君のことを何も知らない」
「何もかもお見通しかと思ったわ」
「名前も、好きな飲み物も、な」
そこにマダムがやってきた。
「いらっしゃい。まだ開店前だから、何も出せませんけど」
マダムは営業用の微笑と声音で、柏木と呼ばれた男を迎えた。
「彼女に呼び出されたんだ。開店前でも融通が効くと」
「大丈夫よ」とエリは言った。「マダムならどんなリクエストでも答えてくれるわ」
「いい加減になさい」からからと笑いながら、マダムは言った。「あなたのワガママに付き合えるほど、こちらも暇じゃないのよ。オウナーの言うことを何でも聞く支配人じゃないのは、あなたが一番よく知っているでしょ?」
「オウナー?」柏木が怪訝な顔で繰り返す。
「いいのよ」と、エリは微笑みで煙に巻いた。
エリと同じものを、とオーダーした柏木に頷きをひとつ返し、マダムは厨房に戻った。
ふたりの前にはオレンジ色の雨を受け、さざめくプールがあった。
「意外な職業についているのね。“国連難民弁務官”だっけ?」
『国連難民弁務官』という単語を口にするとき、かつてリエがしたように両手の人差し指と中指を揃えて宙に“ダブルコーテーション”マークを描いてみせた。

