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花菱落つ
第5章 裏切り
「失礼いたします」
「うむ」

 閨に足を踏み入れた三郎兵衛尉は乱れた様子の室内には眼もくれず、信玄の前に畏まった。片手に書状のようなものを握り締めている。
 飯富三郎兵衛尉は兄虎昌より二十五歳年下の三十五歳。親子と言ってもおかしくないほど歳が離れていた。背丈は小柄な虎昌よりもよりもさらに小柄で、風采の上がらない容貌の男だった。だが、ひとたび戦場に出ればその勇猛さは虎昌に引けを取らず、敵からは非常に恐れられていた。

「してこのような時間に何用じゃ」
「実は……」

 三郎兵衛尉は咳払いを一つした後、手にした書状を差し出し、体に似合わぬ大きな声を精一杯潜めて語り出した。その内容に衝立の陰の凪は声を失い、信玄は虎の如く低く唸った。
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