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海に散る桜
第1章 海に散る桜
「橋本少尉殿は少し怖かったです。明るいのに近寄りがたい雰囲気があって」

 怖かったのは橋本だけではない。特別攻撃隊には綺麗で美しい者が多かった。「お国のため」死を背負った運命が、一種異様な美しさを隊員たちに与えていた。研ぎ澄まされた日本刀のように、凄絶で魅入られそうになる美しさ。優しかった竹田でさえ例外ではなかった。

「第七十九振武隊の中で、ご家族の所在がまったくわからないのも、橋本少尉殿だけです」
「やはり橋本についてはわからないんだね。あいつは自分のことは何も話さない奴だった」

 復員した竹田は母との再会を果たした。出撃予定日を過ぎても戦死公報が届かなかったため、竹田の生存を信じていた母は涙を流して再会を喜んでくれた。そしてすぐに各務原飛行場の最寄り駅で待ち合わせたあの日母に会えなかった理由も判明した。竹田の打った電報に記されていた駅名が読めなかったそうだ。そのため母は実家の最寄り駅で息子を待ち続け、息子は各務原飛行場の最寄り駅で母親を待っていた。戦時中の粗悪な紙とインクによって引き起こされた悲劇だった。竹田は記憶を頼りに橋本の家族について調べようとした。だが、徒労に終わり、橋本の墓参はできずじまいに終わった。
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