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【Onlooker】~サラが見たもの~
第9章 委ねられる、人生?
その朝のチハルさんは、近頃になく上機嫌であるように見えた。
学校に行こうと玄関で靴を履く俊太を呼び止め、こんなことを訊いてきている。
「俊ちゃん、今日はなんの日でしょうね?」
「えっ……と」
俊太が口ごもったのは、別に訊かれたことに惚ける意図があったわけではなかったけれど。
「おかしな子ね。まさか自分の誕生日を忘れてしまったのかしら」
「いや……そうじゃないけど」
この時に俊太を戸惑わせているのはチハルさんの妙なハイテンション、それ自体である。そして、この状態が決して良い兆候とは言い難いことが、なににも増して悩ましいのだった。
そう、こういうのは寧ろ――
「なにか食べたいものある? 今夜はこのチハルさんが、なんでも作ってあげちゃうよ」
「あ、うん。そうだなぁ……」
この手の問いにはすぐに答えを出してあげなければと、俊太は様々なメニューを頭に浮かべる。
が、珍しく俊太が答えるより先に、チハルさんは嬉々としてこんなことを言った。
「今夜はお父さんも、ちゃんと帰ってくるわよね。だって、一人息子の誕生日ですもの」
「……」
その時のチハルさんの笑顔には、どこか無理を感じた。
俊太にしてみれば、そんなのわかりきっている。あの父親が今更、自分の誕生日くらいで家に帰るはずがないこと。そして、たぶんチハルさんだって、ホントは気づいてるはずだって……。
だからこそ、今のチハルさんは危ういと思うより他はなくて。無理矢理に高めようとするハイテンションが、失望を経て一気に急降下する様――それが手に取るように、わかってしまうから。
おそらく、それは避けられないことと知りつつも――
「――ステーキが、いいな」
とりあえず、俊太は精一杯の笑顔でそう答えるのだった。
学校から帰って、その夜――どうなるものか、そこはかとなく怖くはあるけど。少なくとも、自分の誕生日を祝おうとする、そのチハルさんには――未だ今は。
「了解! こぉんな分厚いお肉を奮発してあげるんだから。楽しみにしてて――行ってらっしゃい、俊ちゃん!」
「うん、行ってくるね」
こうして朝、二人で交わした笑顔は、その夜にどのような状況をもたらそうとしているのか――?