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【Onlooker】~サラが見たもの~
第9章 委ねられる、人生?
そして、午後八時。やはり主の戻らぬ食卓は、いつもと同じ二人だけのものだけど。
「お父さん……帰ってこないね……」
俊太の目の前には、いつもと同じに振舞うことのできない、チハルさんが疲れたように顔を斜めに俯かせて佇んでいる。長い髪が、その沈んだ表情の半分を隠していた。
食卓の皿の上ではリクエスト通りのステーキが、もうすっかりと冷め切っている。
「ねえ、チハルさん……もう、食べようよ。僕、お腹すいちゃったな」
俊太は頑張ってそう言ってみるけど、チハルさんの眼差しは暗い。無感情な口調で、ポツリポツリとこんな風に言った。
「いいわよ、食べなさい。あ、あとケーキもあるから、それも……あは。ステーキとケーキって、なんか語感が似てない? うふふ……そうでも、ないわよね……どうでも、いいわよね。あ、そうだ――いいもの、見せてあげる」
そう言ってチハルさんが持ってきたのは、封筒に入った何枚かの写真。それを見せられた俊太は――
「……!?」
閉口するより仕方がなかったのだろう。
一目でわかった。そこに映し出されていたのは、若い女と腕を組んだ父親が、ホテルの中に姿を消すまでの一連の流れだった。
「うふふふ……ねえ、凄いと思わない?」
「な、なにが……?」
「その写真――探偵さんに撮ってもらったの。ホントにそんな場面をきっちりと押さえるなんてさぁ。流石はプロだって感心しちゃうじゃない」
「……」
チハルさんは虚ろな目をしながらも、口元だけで笑っている。それは、とても痛々しい笑顔だった。
今、チハルさんの中では与えられていた“妻”という“役割”が大きく揺らいでいる。たぶんそうなのだろうと、俊太は何気に感じていた。だけど――
こんなチハルさんを前にして、この日十四歳になったばかりの俊太に、一体なにができたというのか。なにが言えるというのか……。