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【Onlooker】~サラが見たもの~
第9章 委ねられる、人生?
「オハヨウ。俊ちゃん」
その次の朝のチハルさんは、何事もなかったように、それまで通りに見えた。あまりのも平然と口にした挨拶が、なんの変哲もない音が、却って空々しくて恐ろしくさえ感じた。そうできること、そんなものが大人なのだと思った。
同時に俊太は自分自身のことを、年齢よりも幼いのだと実感する。この一年で背丈はグングンと伸びたことに比して、精神的な部分ではまだまだ未成熟なのだと。性的なことに関しても、周囲のクラスメイトなどに比べれば、そういった話題に口を挟むことすら躊躇(ためら)われていた。不遇の少年期が、俊太を内向的にさせたことも一因であるだろう。
そんな自分だから、こんなにもショックを受けているのか――?
「……」
俊太は、チハルさんの顔を真っ直ぐに見ることすらできずにいた。
すると――
「俊ちゃん? その手――どうしたの?」
チハルさんは、俊太の左手に巻かれた包帯に気づいて、言った。
その中の手の甲には、俊太自身で『×』の傷(戒め)を穿っている。まだ生々しい疼きを覚えるそれを、チハルさんに見せるわけにはいかないから、俊太は焦った。
「別になんでもっ……今日は、もう行くから」
そう口にして、逃げるように学校へ向かうのである。
“あんなこと”があったから、もうチハルさんの前では上手に笑うことすら難しいように思った。今まで、どうしていたんだっけ? でも、それは考えることではなく。チハルさんの包み込むような柔らかさに触れ、自然と心が打ち解けていたからこそ無意識にできていたことなのだ。
だけど、初めて会った頃のチハルさんは、もう……。
唯一の拠り所を、失ったように感じ、俊太はひっそりと深い悩みの中に堕ちた。