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【Onlooker】~サラが見たもの~
第10章 導かれゆく、想い(こたえ)たち?
ビッ――!
口髭の男が、自らの“口髭”を取り去った。すなわち、それは“付け髭”ということであり、この時点でその男を“口髭の男”と呼称することは適切ではなくなっている。
しかし、男の変貌はそればかりに留まらない。更に男はオールバックの頭髪に手をかけ、それをズルリと外した。ロマンスグレーのウイッグの下から現れたのは、黒々して刈り込まれた短髪である。
男は着けていたウイッグを無造作に放ると、上着のポケットから出したサングラスでその尋常ならざる凶悪な眼差しを覆い隠した。
「ア、アニキ……」
坊主頭が男をそう呼んでいる。それに加え――
「咲花……もう一度言ってみろ。言えるものならな」
その重厚な低音は“例の動画”の中で黒木を尋問していた、その声と同一である。つまり、男の正体はそういうことだった。
そんな男が、どうして執事風の変装を施し咲花に傅(かしず)いていたのだろうか。その意味は不明だ。そうした変装が男の趣味趣向であるのかもしれないし、咲花との間におけるほんの戯れであるのかもしれない。
だが、この場において、それは些末なことに過ぎなかった。なににも増して重要なことは、男の気質が善からぬ方向に傾き始めていること。すなわちヤクザの若頭であるその男が、咲花の言葉に只ならぬ怒りを覚えること――その一点に尽きた。
だから咲花は、最大限の覚悟を以って、それを口にしなければならない。
「私、嫌になったから……ヤクザの女なんて、やめるね」