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人魚島
第9章 枝分かれの現実
『うちに顔面があれば、うちが島一番の別嬪やった筈やッ!死ねぇッ!』

途端花子を押し倒し花子の首筋に痩せた両手を忍ばせる咲子。
僕は慌てて咲子を羽交い締めにし、二人を剥がした。

『あ…はッ…し、仕方無いやん、お姉ちゃんは生まれ付き顔が無いねんからッ!エビリファイ飲んで落ち着いたら?』

羽交い締めにされた咲子に『あったあった、エビリファイや』と咲子にエビリファイと水を差し出す。
ようやく大人しくなった咲子は素直にエビリファイを服用し腕をボリボリ掻きむしった。
生々しいリストカット跡が左右の手首にビッシリあった。
こんな時空間は嫌だッ!
早いとこ帰らせてくれッ!
頼むッ!
僕は空しく祈ったが、空しく潮騒とヒグラシの鳴く音しかし無い。

『お姉ちゃん、布団に横になろか?』

『…うん』

エビリファイが効いたのか大人しくなる咲子に『頓服も飲んで』とレンドルミンを手渡す花子。
静かにそれを飲み込む咲子。
『じゃあハルくんちょっと待っててな』と花子が咲子を連れて居間から居無くなる。
僕はボンヤリ仏壇を眺めた。
宗一さんと静枝さんの遺影があり、慎三さんらしき人物の遺影には渦巻きのモザイクが掛かっていた。
花子の曾祖父の慎三さんにもどうやら顔が無かったらしい。
親子3人の貧しい生活、花子は健気に魚姫で夜な夜な掃除係としてアルバイトしている。
ウオトッ?
なぁ、ウオトッ!
もう解ったから、僕を元の時空間に戻してくれッ!
僕は祈った。
翌朝早朝から三咲さんが『行ってくるけん』と寝不足の疲れ切った顔で魚姫に向かう。
花子は運良く休みらしく居間でゆっくりしている。
そうだ、ウオトの所に行けば何か解るかも知れ無い。

『ねぇ、花子?』

『なぁに?』

『ウオトの所に行こうよ?』

僕の問い掛けに目を丸くする花子。

『ウオト?なんで知ってるん?』

『え?』

『ねぇ、なんであたしの元彼氏の名前知ってるの?教えて無いけんな?』

『え?』

『ウオトなら去年からニューヨークに留学中らしいけん、今年は人魚島にアルバイトこやんらしいけんね』

嗚呼…僕は項垂れた。
仲間が居無い。
味方が居無い。
知り合いが居無い。

『どうしたのかな?』

花子が顔を伺って来る。

『なんでも無いよ』

『おい、篠山春樹居るか?』

不意に声が玄関先からした。
聞き覚えのあるテノールボイス、シンイチだ。
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