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人魚島
第10章 東京編
『花子…死ぬのかな?』

むせび泣きながら僕はシンイチの顔を見詰めた。
シンイチは優しく『んな訳あらん』と唇を一本に絞り力強く頷いて見せる。
しばらく僕は泣き続けた。

『まぁ、呑めよ、葬式じゃねぇんだしよ』

『す、すみません…』

ウイスキーをお代わりする僕。
シンイチが不意に鎮座するグランドピアノに近付き『なぁ、ドビュッシーは好きか?』と訊ねたので僕は涙を拭いながら『良く解ん無いや』とロックグラスを傾けた。

『俺が世界一好きな楽曲だ。ドビュッシーの亜麻色の髪の乙女だ』

『亜麻色の髪の乙女?』

『ああ、良くイナダヒメに聴かせてやった楽曲だよ』

シンイチが椅子に腰掛け、その長く骨々しい指先で鍵盤を弾く。
すかさず聞いた事のあるメロディが流れた。

『まぁ、元気出せよ』

シンイチが軽やかに無表情で肩を揺らしながら亜麻色の髪の乙女を奏でる。
僕はそれを耳にしながらロックグラスを傾けた。
帰りに『花子の顔が見たいから』と新宿の僕等のアパート迄付いて来るシンイチ。
中でホット珈琲を振る舞った。
シンイチがジロジロ花子を見る。
哀れむ様な興味深そうな曖昧な目付きだ。

『腹の子は多分女、雌餓鬼だな』

シンイチがホット珈琲を呷りながら呟いた。

『解るのッ?』

花子が前のめりになる。

『顔付きが穏やかやけん、お袋が言ってたけんな、なんか雌餓鬼孕むと顔付きが穏やかで、雄餓鬼孕むと顔付きが険しくなるらしい、花子は相変わらず穏やかな顔付きやけんな、多分女や』

花子が『そうかなぁ?』と頬を擦る。

『良かったやん、花子に似ても春樹に似てもちょっとした噂の美少女や』

ニヤニヤしながらシンイチが『帰るよ、邪魔したな』と立ち上がる。
僕は花子を部屋に残してアパートの軒先で『また来週血液検査の結果聞きに行くんだ』と力無く笑った。

『まぁ、陰性である事を願うよ』

『ありがとう』

片手を上げて踵を返すシンイチを見送り僕は部屋に戻った。
部屋では花子が洗い物していた。
後ろから思わず抱き締める。

『どないしたん?』

フンワリ笑う花子を抱き締めながら僕は『なんでも無いよ』と泣いた。
花子は相変わらずキョトンとしている。
僕は『ああ…』とむせび泣いた。
花子が『そない嬉しい?』と小首を傾げるので『うん』と花子に口付けた。
翌日イシコリドメと同伴する際相談してみた。
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