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貴方だけに溺れたい
第5章 枷
「え?」
「はぁ!?」
小さく驚いた陽子の隣で、葵は無意識に声を荒げていた。
勿論、その表情も険しく、弥生はそんな葵を見ながら「おかしいでしょ?」と解いた。
"おかしい"なんてもんじゃ、無いだろう。
「何でそんな事、言われなきゃならないの!?」
「そう、余計なお世話だよ。いきなり何?って感じ。だから絶句しちゃって、悔しいけど何も言い返せなかった」
「役に立たないって、あの人には関係無いじゃない」
「うん。まぁ、子供達の前で言われなかっただけマシだったのかもしれないけどさ、まったく理解不能よ。あのジジイ、前からどこかおかしかったけど、これからは要注意だわ」
「…………」
全身が震えるほどの怒りを感じていた。
"役に立たない"という発言がどんな意味を持っているのかは知らないが、竹村やこの界隈の男達の、女性に対する価値観の歪みに言葉にならないほどの怒りを感じていた。
しかし2人のやり取りを静かに聞いていた陽子の反応は、少し違っていた。
「そんな人だったかしらねぇ……」
困惑したように呟く声。
それは以前、竹村を非難した葵に対して智之が言った言葉に似ていたが、その顔を見れば何かを考えているような、眉をひそめた険しい表情だった。
「少なくとも、私は此処に来た時から偉そうだとは思ってたけど?」
「偉そうなのはね、昔からよ。あの家はお金もあるし、この辺りでも借りてる家はいくつかあると思うわよ。でもね、人柄はそんなに……無愛想ではあったけど、ここ最近よね、おかしな話を聞くようになったのは」
「おかしな話?」
「あら弥生ちゃん家までは聞こえない?たまにね、夜中に怒鳴り声が聞こえるらしいのよ。奥さんのこと怒ってるみたいなんだけど、ダミ声っていうのかしら……がらがら声で何を言ってるのか分からないけど、凄い剣幕らしいのよ」
「知らないな。うち寝るの早いし、雨戸閉めると外の声なんて、何処かの犬が吠えてるようにしか聞こえないの。葵ちゃん聞いた事ある?」
「……私も全く……」
距離があるとはいえ怒鳴り声なんて聞こえたら、たぶん落ち着いてはいられないだろう。
しかし葵は、陽子の話を聞きながら、ふと竹村の奥さんの事を思い浮かべていた。