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貴方だけに溺れたい
第7章  貴方に逢いたい

自分は男として生きるべきなのか……。

呂季は自分の中で燻り続ける姓の矛盾から抜け出せずにいた。
男である身体を持ちながも、男としての価値観を受け入れられない。
男は褌を付けて袴を履き、髪は短く切り整えておく。
女のように化粧などするわけも無く、身なりよりも勉学に励み、国の為に生きるものだ。

しかし呂季は、学ぶ事は好きではあるが、国の為には生きたくは無いし、むしろ男性優位の世界から抜け出して、性別による枠組みからも逃れたかった。

確かに自分は生活においては恵まれている。
使用人の子供であるにも関わらず、菱倉家という後ろ楯があるおかげで、恵まれた人生を生きているはずなのだ。不自由だと思った事は無い。
そしていつかは、その恩を返すべきだと思っている。
間違っても菱倉家の名に泥を塗るわけにはいかないのだ。

だからこそ、もしも自分が精神の自由を選び、その性癖を世間に知られる事になったとしたら、菱倉家にとっては重大な恥となってしまうだろう。
勿論、両親に惨めな思いなどさせたくは無かった。

しかし、時代や環境、菱倉家や両親の為に生きる選択は簡単だが、抑圧されながら生きる自分は想像も出来ず、いずれ狂人になり、醜い姿で死んでいく不安だけが膨らんでいた。

そしてそんな葛藤の最中、呂季は庭園の奥から聞こえてくる不可解な声に気付く。
自分が向かおうとしている方角から聞こえて来るようで、呂季はそれを鳥か猫の声だと思っていた。
しかし薔薇の垣根の間を抜けて近付くにつれ、それが媚びた女の裏声のようだと気付く。
女だけでは無い。時おり聞こえる低い声は男のもので、男女の切迫した息遣いが淫らなそれを連想させた。

経験が無くとも何が行われているかは想像がついた。
勿論、見てはいけない事も……。
けれども呂季は、生まれて初めて聞く女の喘ぎ声に形容し難い昂りを覚え、その場所から離れる事が出来なかったのだ。

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