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貴方だけに溺れたい
第7章  貴方に逢いたい

深澤森林公園の園内に初めて入ったのは4月の中旬。
竹村に襲われた後の事だ。
あの日以来、葵は隔週でやって来る金曜日に憂鬱と恐怖と、自分自身に対して形容し難い憤りを覚えていた。

何をされても拒否出来ない自分。
言うべき事さえ言えなくなっている自分。
弱い自分。力の無い自分。勇気の無い自分。

私の知る自分は、そんなはずじゃ無かった。
少なくとも嫌な事は嫌だと拒み、言うべき事はきちんと口に出来たはず。
それなのに、いつから私は、こんな情けない人間になってしまったんだろう……。

その頃の葵は今の職場で働き始めていたが、新しい環境で好きな仕事をしていても、常に頭にあるのは"離婚"の二文字だった。
馬鹿な男達や竹村に関わる事は一生続く事では無いにしても、無責任で無関心な智之と一生を共にする事に嫌悪感を抱くようになった。信用も出来ない。

しかし"行動"に移すには、いくつもの躊躇いが生じた。
所詮、自分は無力だ。
パート経験はあるけど会社経験は無いようなものだし、学歴も専修学校止まりで縫製以外の資格も無い。
年齢も30を過ぎているし、自分一人で生きていく自信が無かった。
けれど反面では、それらが些細な事だと分かっていたし、そんな些細な理由で躊躇している自分を情けないと感じてもいた。

仕事帰りに公園に立ち寄ったのは、独りになりたかったからだ。
真っ直ぐ家に帰りたく無かったし、このまま実家に帰りたいとも思っていた。
けれど実家に戻る"理由"が無いし、いきなり帰って両親を心配させたくも無かった。
ついでに義両親と顔を合わせるのも面倒だったし、多代のお喋りの相手になるのは地獄だった。

だから"手っ取り早く独りになれそうな場所"という理由で、葵はいつも通り過ぎていた看板のある入口から林道へと車を進めていたのだ。

けれども、あの時に初めて見たシダレザクラの光景は、今でも忘れてはいない。

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