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貴方だけに溺れたい
第7章 貴方に逢いたい
鉄製の大きな門をくぐり、一番始めに目に飛び込んできたのは鬱蒼とした林に囲まれた大きな広場だった。
手前には記念館である木造の建物もあるが、その時の葵は既に、その先の光景に意識を奪われていた。
柳……?
桜……?
遠目ではよく分からなかった。
広場はあまりにも広大に見えていたし、"公園"であるにも関わらず遊具も無ければベンチも無い。
ただ芝生はきれいに整備されていて、その周りをいくつかの街灯が不規則に囲んでいる。
そして"それ"は数十メートル先の芝生の上に一本だけ生えていて、夕刻の西陽に照らされながら長い枝を垂らしていた。
はじめは巨大な柳の木かと思った。
しかし枝は横に伸びていたし幹は太く、近付くごとに全く違う木だという事は察した。
それでも桜の季節は既に終わりを迎えていたし、まだ花を咲かせている木があるのは信じ難かった。
けれども無意識のうちに芝生を回り、その木を確かめようとしていた。
柳じゃないなら何?
残念なことに、枝を垂らす樹木は柳かシダレザクラくらいしか知らない。
しかもシダレザクラなんて、実際には見た事も無い。否、テレビでは観た事はあるけれど、肉眼で見た記憶が無かった。
途中でウォーキングコースの松林から、トレーニングウェア姿の女性が走りながら出て来た。
ジョギングをしていたのだろう。彼女は葵に気付きはしたがスピードを緩める事も無く颯爽と芝生の中を走り抜けて行った。
その姿を見送ると同時に、葵は自分が芝生の外側を歩き、わざわざ遠回りをしている事に気付いた。
入っていいのか。
芝生の中を歩いていけば、目的の木にはすぐにたどり着く。
踵の細いミュールではふわふわとした芝生の上は歩き難いけれど、葵は思い切って踏み込んだ。
その時点で、目的の木がシダレザクラだという事は分かっていたはずだ。
桜との距離は凡そ50メートル。
生真面目に外側を歩いていたらもう少し時間が掛かっていたはずだ。
既に満開の桜の花が見えていたのに。
ひらひらと散る花弁が緑色の地面を雪のような白で覆っていたのに……。