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貴方だけに溺れたい
第7章 貴方に逢いたい
次の日も、葵は森林公園を訪れていた。
昼間の青い空の下で見るシダレザクラは白い花の中に鮮やかな若葉が混合し、風に揺れる長い枝からは昨日とは違う息吹きを感じた。
それでもはらはらと舞い散る花弁の物悲しさは変わらず、桜の下に立った葵は長い間頭上を見上げ、昨日と同じように過去の人々の憂いや哀しみを想像した。
ただ、なぜ"そうしていた"かは分からない。
頭の中には"桜の下で死にたい"という言葉こそあったが、葵自身には"死"に対する直接的な願望は無い。
しかし自分も最期を迎える時は、こうした美しい光景を眺めながら終わりたいとも思う。
勿論、現実を考えれば叶わない夢だと分かってはいるが、もしもこんな光景を見上げながら死ねるのであれば、今の苦しみも過去の失敗も、全てが帳消しになるのではないかという思いがあった。
しかし人生をやり直す選択肢があるのを知っているから、葵は"死"を考えずに葛藤しているのだ。
投げ遣りな人生で終えたく無いから、もがいているのだ。
"死"という選択でしか自由を得られなかった時代の人達とは違う。
けれど"死"以外の選択肢を得られる自由を与えてくれたのは、そんな時代に生きてきた人達だともいえる。
それなら私は、もがき苦しみながら生きる"自由"を選ぶ。
実際にどんな人達がこのシダレザクラを見上げ、何を思っていたかなど知る由しも無いけれど、葵自身は自分の最期を思い、漠然とではあるが変わろうとしていたのだ。
その後、葵は公園内を歩き、整備されていない雑木林やハイキングコース、ブナ林を探索した。
昼間の園内は親子連れや散歩をする人達の姿があり、特にハイキングコースを歩いている間は何人かの人達とすれ違い、短い挨拶を交わしているうちに明るい気持ちになっていた。
近所を歩くのとは違う。
誰もが自然で明るく健康的で、不躾な視線を感じる事も無かった。