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貴方だけに溺れたい
第8章 根底にあるもの
ボクシングで"目の故障"と聞けば、思い浮かぶのは網膜剥離。
ただ早い段階で治療や手術を行えば治ると聞くけれど、再発の可能性が無いとも限らない。
だから森川がボクシングを辞めた理由は漠然と分かる。
けれど、何歳から始めていたかは分からないけれど、20代前半は早過ぎると思った。
でも……。
「……今もやってませんか?」
辞めてはいない。
そう思ったのは、チョコレートバーを持った彼の手が視界に入ったからだ。
彼の手の中手骨は少し変色して硬くかさついているように見える。
それが怪我なのか、樹木を扱う事で出来たものかは分からなかったけれど、前々から気にはなっていた事だ。気になっていたけど、聞けなかった事。
「ああ、うん。よく分かったね」
「気になってはいたので」
「聞いてくれれば良かったのに。物騒でしょ、この手」
「仕事のせいだと思ってました。勝手に」
「ははっ、そうか」
葵の視線に気付いた森川は、自らも手の甲を見ながら続けた。
「今は専らサンドバッグが相手だよ。
結局、何もしないでいたのは2年ほどで、弟が始めたのをきっかけに再開した感じ。ちょっと複雑だったけどね。結果的には良かったと思う」
「弟さんもボクシングやってたんですか?」
「今も現役だよ、まだ25だから。
中学に入る前にボクシングがやりたいって言ってきたから、俺の行ってたジムに相談したんだ。年齢制限があってね、本当は16歳からじゃないと入れないんだけど、俺がトレーナーをやる条件で入れてくれたんだ。当時は13歳の初心者と25歳のブランク有りで隅の方で練習してたよ」
「そうなんだ。じゃあ、それからずっと続けてるんですか?」
「うん。まぁ、さすがにもう弟の相手は出来ないけどね。強いし、実力的にも1ラウンドでKO負けする自信しか無い」
「ふふっ……」
「ああ、ごめん。話がズレてたね」
「いいえ」