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貴方だけに溺れたい
第8章 根底にあるもの
「1年ほど経った頃に、お得意さんの家が火事になってね。古い木造の豪邸で、庭の木なんかは全部、何代前の誰々が植えたなんていう歴史のある庭だったんだよ。
で……火元は隣の家だったんだけど、引火してからの火の回りも早くて全焼しちゃったんだ。幸い死傷者は出なかったけど、庭の木は殆どが消滅。
ただその中にも残されてた木もあって、親方に連れられて類焼見舞いに行った時にそれらを全部調べたのね。まぁ、殆どが根っこまで焼けちゃって再生不可能だったんだけど、ただ1つだけ、葡萄の木だけが生きてたんだ。場所も良かったんだけど、その時に親方がその家の奥さんに"また同じ葡萄ができるよ"って言ったんだ。
まぁ、当たり前の話なんだけど、生命力っていうのをその時に感じてね。
植物っていうのは根っこさえ生きてれば何度でも再生出来るし、同じ花を咲かせて同じ実をつける事が出来る。土から出ている部分が灰になったとしてもね、根っこが生きていればいくらでもやり直せる。
人間と同じ……と、哲学的な話をするつもりは無いけど、その時にはそんな解釈をしてね、大きい意味で自然の生命力を追及してみたくなった。端的に言えば、その時が挑戦するチャンスだと思った。
正直、俺は草花にはさほどの関心は無いんだよ。ただ千年、二千年と生き続ける森林や大木に魅了されて、今この仕事をしてる感じかな……」
「…………」
「……途中から大層な事を言ったかもしれないけど、単なるベタな昔話だから」
「そういう事、言わなければいいのに……」
「話す方の立場になってみろよ。相槌すら打ってくれない相手に対して延々と自分語りする気持ちが分かるか?」
「だって何かしたら脱線するじゃないですか」
「いいじゃん、脱線したって」
「脱線させたく無かったんです」
「……そう……」
「なんですか?その顔は」
なぜか怯えたような表情を向けられた……。