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貴方だけに溺れたい
第8章  根底にあるもの

「良い子では無かったですよ。勉強も嫌いだったし……授業も真面目に受けて無かったから、しょっちゅう職員室に呼び出されてましたし……」
「うん」
「親にも迷惑かけてたし、なんかもう典型的な問題児です。でも自覚も無くて、寧ろ……自由に生きてる自分が格好いいと思ってるような子でした……」

森川の右隣は、ブナ林のテーブルのよりも狭く感じた。
勿論、彼が不自然なほど近付いているわけでは無い。
しかし大きな車で車幅もあるけれど、限られた枠の中に居るという状況は、たとえ前方が開けていたとしても、今までとは異なる緊張感を芽生えさせる。

それでも向かい合うよりは話しやすく、葵は俯きながらも高校時代の自分を自虐まじりに話し始めていた。
だだやっぱり心の中で思い返すよりも、人に話す事は恥ずかしいもので、森川がどんな表情を浮かべているのか気にならないわけではなかった。

「ずいぶん落ち着いたな」
「さすがに……」

三十路ですから。

「それで、その頃に何かがあったの?」
「や……そういうわけでは無いんですけど……当時の自分にあった性格というか、性質的なものを最近では羨ましいと思ってて……全部じゃ無いんですけど……」
「うん」
「ちょっと説明が難しいんですけど……勢いとか?決断力とか……そういう勇気というか、無鉄砲さみたいなものを取り戻したいなって思ってたんです」

上手く伝わるとは思っていない。
ただ俯いた葵の視界には、微動だにしない森川の足と、その上で指先を交差させた手が映っていた。
そしてその手は僅かに右肘が伸びていて、彼が此方側を向いている事が分かる。

「なるほどね」
「すみません、支離滅裂で……」
「いや、分かるよ」

森川は、話の最後に首を傾げながら息を吐く葵の仕草を見ながら微笑を浮かべていた。
その目には純粋な好奇心と安堵感。
しかしそこには微かな憐れみが含まれていた事を葵は知らない。


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