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貴方だけに溺れたい
第9章  喜びと切なさと、後ろめたさ

実際のところ、彼女の噂や評判など気にしてもいなかった。
勿論、彼女に関わる事で姑や近所の人達にどう思われるかなんて考えもしなかったし、今も何とも思ってはいない。
寧ろこんな土砂降り雨の中を歩く人に気付きながらも、保身の為に見て見ぬふりをして素通り出来る人間でいたくはない。

それに、もしもこの件について、後から誰かに指摘されたとしても今までみたいに黙っているつもりは無かった。

なぜなら私はもう、この女性の事を知っているからだ。
姑や別の誰かから聞いた噂話では無い。ほんの一部分かもしれないけれど、気遣いのある気さくな人だという事は分かったからだ。

「いやぁぁああ地獄地獄!前が見えない!!」
「大丈夫よ。真っ直ぐだから。もうすぐ街灯も見えて来る」
「……なんか却ってごめんなさいって感じ」
「とんでもない。凄く感謝してるのよ」
「……取り敢えず、事故ったらごめんなさい」
「事故ってから考えましょう。事故れるものならね」
「田んぼに落ちる可能性はありますよ」
「その時は助けるわ」
「心強いです」

更にユーモアと呼ぶべきか、話の端々に見られる冗談に親しみを覚えてもいた。

しかし横殴りの雨の中、明かり一つ見えない農道を通り抜けるのは予想を遥かに越えて恐怖でしか無かった。
その上、騒ぎ過ぎていた自分は却って迷惑だったのではないかと思う。

「ごめんなさい、最後にパニクってしまって。怖かったですよね?」
「いいえ、とんでもない。こんな事を言うのは不謹慎かもしれないけど、楽しかった」
「はは……そうですか?」
「でもね。今後はこんな風に気遣ってくれなくていいのよ。あなたの為にも」

ただ、どうしてだろう……と思う。

お互いの家の中間にある十字路に車を停め、それまで気さくに話していた女性の表情に陰りが見えた時、葵は微かな苛立ちを覚えた。

「迷惑でしたか?」

だからつい、強い口調でそう尋ねてしまったが……。



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