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貴方だけに溺れたい
第9章  喜びと切なさと、後ろめたさ

「やっと見つけたぞ」

これは、期待していなかった。
微笑みを浮かべて走って来た森川を見つめ、葵は驚きと喜びを隠せずにいた。

「もう終わったんですか?」

ただやはり、期待し過ぎてもいけないのだろう。
腰に両手を置いたまま呼吸を整える森川を待ちながら尋ねると、「いや」という淡々とした返事が返ってきた。

「此処のプロジェクトメンバーなんだけど、急に来る事になっちゃってさ。申し訳ないんだけど今日はこれから打ち合わせで、昼までに終わりそうもないんだ」
「ああ……はい」

やっぱりね。
はじめから予想していた事だけど、若干の期待があった為か、声に気持ちが出てしまったかもしれない。
しかし森川は葵の反応に気付かなかったのか、なぜか落ち着かない素振りで周りを見渡すようにして「でね」と続けた。

「明日、休み。だよね?」
「はい」
「もし良ければなんだけど、二人で出掛けない?」
「………」
「あ、変な意味じゃ無いんだ。明日、仕事の関係で薔薇専門の業者に行くんだけど、そこ工房もあって、アクセサリーなんかも作ってるからどうかなと思って」
「ああ……はい」
「うん……まあ、ちょっと遠出になるから無理はしなくいいんだけど」

森川らしくない、歯切れの悪い言い回しに聞こえた。
しかし葵にとっても戸惑うような、それでいて舞い上がりそうな誘いでもある。

返事は勿論、OKだ。
ただ「はい。行きます」という返事がなかなか出なかったのは、戸惑うような森川の態度に興味を覚えたからかもしれない。

「どうかしました?」
「ん?」
「いつもと違うように見えるんですけど」
「……ちょっと何を言ってるのか分からない」
「……それならいいです」
「昼飯誘うのとワケが違うんだ。勘弁してくれ」
「わかりました」

ただ後から考えれば、森川が戸惑う理由なんて良くも悪くも幾つも出てくる。
しかし舞い上がった葵には、そんな推測が即座に浮かぶわけも無かったのだ。


***

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