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貴方だけに溺れたい
第9章  喜びと切なさと、後ろめたさ

まぁ、これが現実なのだから、受け入れるしか無いのだが……。

部屋に入ると、やはりいつもと同じようにリビングのソファーに座りテレビを観ながら「おかえりー」と迎える夫の姿。

葵は「ただいま」と応えながら寝室に荷物を置くと、直ぐにキッチンへと移動した。
余計な会話をせず、なるべく距離を置きたいと思ったのは、単純に明日の事を考えていたいと思ったからだ。

しかし手を洗う為に覗いたシンクの中には汚れた皿がそのまま放置され、調理台には何かに使ったらしい食卓塩の細かな粒が零れている。
特に珍しい事では無い光景だ。
しかし"この程度の事"とはいえ、これが現実なのだと思い知らされる。

自分用の夕食を出す為に冷蔵庫を開けると、入れた覚えの無いメロンが入っていた。
4分の1に切られたそれは確認するまでも無く義理母が持って来た物と思えるが、葵は無意識にも溜め息を吐いていた。

野田家はメロンなんて好んで食べる家では無い事は分かっている。
そうなると、近所からの"お裾分け"であり、そのお返しを自分が届けに行く事になるかもしれないと考えていたのだ。

「このメロンはどうしたの?」

出来れば、それが"明日"では無い事を祈る。
そう思いながらリビングに向かって尋ねると、予想した通りの返事が返ってきた。

「お袋が持って来た」
「あなたは食べたの?」
「食べた。それは全部、葵のだよ」
「おお……」

それはそれで、嬉しいが。
ちょうど食べ頃とばかりにしっかりと熟れたメロンに見惚れながらも、その経緯を尋ねようとしたところで、先に智之がキッチンに入って来た。

来なくていいのに……。

「この間のお返しに買って来たんだってさ」
「……お返し?」
「とうもろこし。2つ買って、1つは秋山さんに持って行ったらしいよ」
「ああ、そうなんだ」

充分に納得。
キュウリのお礼がピーマンなら、とうもろこしのお礼はメロンが妥当らしい。

とはいえ秋山家は常にこの辺りでは手に入らない物をくれるので、お返しも相応の物になる事は分かっていた。
しかも何故か、届けるのは決まって義理母。

とうもろこしもメロンも、スーパーに行けば手に入るが、色々な事情があるのだろう。

***
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