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貴方だけに溺れたい
第9章 喜びと切なさと、後ろめたさ
どうしょう……。
普段よりも年相応に、落ち着いて見えるように。
少しでも清楚な感じに見えるように決めた服装だったはずなのに、肝心な行き先については何も考えていなかった。
もしかしたら、ヒールの靴で歩くような所では無いかもしれない。
薔薇の苗がある場所なんてホームセンターの園芸コーナーしか知らないけれど、"呂季の薔薇園"の描写でも足元は土だったし、想像でしか無いけれど、こんな靴で歩いたら地面におかしな穴を空けてしまうかもしれない。
そんな不安をよそに、車は数メートル手前まで来ていて、フロントガラスの内側にはサングラスを掛けた森川が、自分を見ながら微笑んでいるように見えた。
確かに車内の森川からすれば、ラーメン屋の前でスカートの裾を両手で広げて立つ葵の姿は、ある意味では微笑ましかったかもしれない。
しかしその直後、此方に向けた表情は堅く無表情でもあった為か、彼なりに何かを察したのだろう。
だから葵の前に停まるよりも先にサイドガラスを下ろしたのだ。
「おはよう」
「おはようございます」
「どうした?」
森川は葵の前に車を停めると、先に葵を制してから車を降り、此方側へと回って来た。
紺系のテーパードパンツに白いTシャツの上には薄いブルーのYシャツを羽織り、短めの髪はスタイリング剤を使ってほどよく整っている。
茶色のツナギと汗でグシャグシャに乱れた髪型が見慣れているせいか、爽やかな服装がやけに眩しい。
ただ、わざわざ降りて来るなんて予想外。
しかも服の色合いが微妙に似てるし、そんな彼の姿に意識を向けていたせいか、そのまま傍らに立った顔を見上げてしまい、ドキリとした。
いくらサングラスをしていても、その距離は20センチほど。
ほんの一瞬でも、その奥にある眼差しの強さに圧倒されそうだった。
「手伝うよ」
「えっ?」
「スカート。それだと乗れないだろ?」
それでも、彼自身は何も気付かなかっただろう。