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貴方だけに溺れたい
第9章 喜びと切なさと、後ろめたさ
ただ実際のところ"緊張してる"とはいえ、その内容は極めて個人的な事でもある。
"ちゃんとしなければ"
"森川さんの彼女らしく、清楚な感じに……"
しかしその事を本人に言うのは、若干の抵抗があった。
「人見知りする方?」
「いいえ。そういうわけじゃ無いんですけど……」
それでも自分がはっきりしなければ森川に気を使わせてしまう事はわかっていたし、葵は席に着いた後にその理由を話していた。
「バレたりしないかと思って」
「ん?」
「……既婚者だって」
ただその疑問に対して、森川は首を傾げながら苦笑を浮かべた。
「俺は見えなかったけど?」
「……?」
「初対面の時」
「……あぁ……そうだったんですか?」
「うん。まあ、俺の主観もあてにはならないけど、そんなに気にしなくてもいいと思うよ」
「そうは思うんですけど……女の人って鋭いじゃないですか。職場でも洞察力のある人はけっこういるし」
身近なところでは、弥生と横山は鋭い方だと認識しているが、そこまで言う必要は無いと思い、葵は苦笑いを浮かべながらメニューを開く森川の反応を待った。
苦笑いを浮かべているあたり、納得はしているようだ。
「それなら試してみればいいんじゃないか?」
「?」
「洞察力っていったって、答えが分からなけりゃ当たってるか分からないでしょう?だったらタネ明かしをしない限りはその人の主観でしか無いわけだから、徹底的に騙せばいい」
「……そう言われてしまうと」
「プレッシャー?」
「……いえ、何も言えない」
そう答えると、森川は不思議と嬉しそうに笑い、葵の注文を確認してから店員を呼んだ。
確かに森川の言う通りだとは思う。
自分が言わなければ真実は分からない。
それなのに、どうしてこんなに不安になるのかとも思う。
「俺としてはね」
「はい」
「何も心配しないで楽しんで貰えればいいと思うよ。"伏せておいて"なんて言っておいて矛盾してるかもしれないけど、たとえ何かあったとしても対処は出来るから」
「はい……」
ただ、これはまぎれもなく、自分の問題なのだ。
***